Philips INNOVATION and VALUE(フィリップス・ジャパン)

2025年5月号

AI / DX Panel Discussion

持続可能な医療に向けてAIやDXでリソースの最適化を — イノベーションで課題解決に挑むフィリップス

2030年までに年間25億人の生活を向上することをめざすフィリップスは,医療課題を解決するためにAI活用やDXを推進している。近年では日本の医療現場でもAIの臨床導入が進み,AIが実際にどのような効果をもたらし,さらなる活用のためにどのような課題があるかも見え始めてきた。2025年3月,Royal PhilipsのChief Medical OfficerであるAtul Gupta氏の来日に合わせ,医療現場におけるAI活用やDXの動向に詳しいゲストスピーカーを迎えてパネルディスカッションが行われた。

●スピーカー
Atul Gupta 氏
Chief Medical Officer, Royal Philips
陣崎雅弘 氏 
慶應義塾大学医学部放射線科学(診断)教室教授,慶應義塾大学病院副院長(医療DX・予防医療担当)
五島 聡 氏
浜松医科大学医学部医学科放射線診断学講座教授,浜松医科大学医学部附属病院放射線科診療科長

●ファシリテーター
門原 寛 氏
株式会社フィリップス・ジャパン プレシジョンダイアグノシス事業部事業部長

Atul Gupta 氏

Atul Gupta 氏

陣崎雅弘 氏

陣崎雅弘 氏

五島 聡 氏

五島 聡 氏

門原 寛 氏

門原 寛 氏

 

医療の課題解決のためにフィリップスが提供するAIソリューション

門原:放射線科領域においては,慢性疾患および複雑な疾患の増加,データ量の急増,スタッフ不足,医療費の増加といった課題に直面しています。フィリップスではその解決のためにモダリティとDX・AIを組み合わせ,生産性とパフォーマンスを最大化させるソリューションを提供しています。
MRIでは検査準備から装置管理までAI機能でサポートしています。撮像時間を1/3に短縮する高速化技術「SmartSpeed」やAIカメラによる呼吸同期「VitalEye」がすでに実装され,ゼロクリックでAIの支援を受けて解析した結果を参照できるクラウド型AI読影支援アプリケーション「Smart Reading」は海外で導入が始まっています(国内導入時期未定)。CTでは,ワークフロー改善や画質向上,被ばく低減にAIを活用しており,AI画像再構成「Precise Image」や「Precise Cardiac」により,心臓も含めて低線量撮影で明瞭な画像を実現しています。USでは心エコー検査にAIを活用し,3D解析により正確な治療,デバイス選択を可能にするなど,幅広いソリューションでAI実装を進めている状況です。

世界と日本の医療現場は人手不足と業務負担増の共通の課題に直面

─世界の医療現場には,どのような課題がありますか。

Gupta:世界中を回り医療動向を把握することが私の役目であり,医療課題についてもヒアリングを重ねていますが,高齢化に伴う慢性疾患の増加や業務量の増加,医療従事者不足が共通の課題となっています。米国では半数の医師が燃え尽き症候群だと言われていますが*1,医療従事者を増やすことは困難で,限られたリソースの中で医療を提供することが求められています。フィリップスは,AIやロボット,自動化,遠隔モニタリングなどの技術の活用がカギになると考え,取り組みを進めています。

─日本の医療現場の現状や課題をどのようにお考えですか。

陣崎:日本でも高齢化や人材不足,コストパフォーマンスの低下,財源不足など,世界と同じ課題を抱えています。その解決のためにAIやITを活用することが重要ですが,AIは画質やワークフローの改善には非常に有効なものの,人をAIに置き換え,コストを削減するという点では限定的であると感じています。

五島:日本はOECD加盟国の中で,CTやMRIの人口あたりの保有台数は飛び抜けて多い一方で*2,人口あたりの放射線科医数は最も低い基準にあり*3,放射線科医が検査の最適化や被ばく管理までを十分に行えていない状況です。医療施設をネットワークでつなぎ,検査や画像診断の質,被ばく管理を専門医がチェックできる画像診断のセンター化を真剣に考える必要があります。

モノタスクであるAIを活用するための“AI with人間”という考え方

─日本と世界で共通する課題を解決するために,今後,AIやITはどのように活用されていくのでしょうか。

Gupta:AI活用は,特に放射線科領域では急速に進歩しています。陣崎先生が指摘されたように,AIは放射線科医に取って代わるものではなく,人を支援するツールであり,“Assistant Intelligence”と呼称する方が適切かもしれません。今や私たちは生産性や効率を高めるためのツールとしてAIを手にし,診断だけでなく,疾患の予測や予防にも役立て始めています。
例えば,MRIのSmartSpeedは,世界で問題となっている検査待ちの解消に貢献するほか,患者負担の軽減にも大いに役立つと考えています。また,最近承認されたアルツハイマー病の治療薬は,治療中に脳浮腫や微小出血の有無をチェックするため複数回MRI検査を行う必要がありますが,Smart Readingにより放射線科医の負担の軽減に寄与するという声がありました。乳がんの化学療法では心機能低下のリスクが知られており,その検出や治療には心エコーが有用ですし,われわれはAIアルゴリズムで不整脈を検知するホルター心電計「ePatch」も提供しています。タブレット型超音波装置「Lumify」には操作や診断をサポートするAIを実装することで,医療へのアクセスが難しい地域においても妊婦健診に活用でき,妊産婦死亡の低減につながると期待されます。

─慶應義塾大学病院では,2018年よりAIホスピタルの取り組みを展開していますが,AI活用で得られるメリットや見えてきた課題についてお聞かせください。

陣崎:国内では物価や人件費,電気代の高騰で,どの医療機関も経営が厳しい状況です。医療の担い手は減少し続け,保険診療も限界を迎えつつあるなど課題が山積しています。そのような中,ITやAIの活用による人手不足への対応や収支改善,業務効率化を検証するため,AIホスピタルプロジェクトを進めてきました。当初は,「AIは画像認識に強い」という一般的な認識から,画像や病理の診断を置き換えられるのではないかという発想もありました。しかし,基本的にAIは学習ずみのタスクにのみ対応可能なモノタスクであり,放射線科医による診断をAIに置き換えることはできないことがわかりました。モノタスクを集めたところで人間が行う読影というマルチタスクを行うことは不可能であり,部分の集合は全体にならないのです。また,読影支援AIを利用しても放射線科医の確認が必要なため,AIを使う分だけコスト高になることも明らかになり,その原資をどこが負担するかが大きな課題となっています。
一方で,AIはワークフロー改善には有用だと思われたことから,一般業務へのAI活用を検討しました。それにはデジタル化が必要ですが,デジタルサイネージやAI問診などを通じて,デジタル化が情報伝達にとても有効であることもわかりました。AIが画像以上に言語に向いていることは,生成AIの急速な広がりからも見て取れます。また,AIホスピタルではロボットの活用にも取り組みました。物品のピッキングや運搬といった低スキル業務にはロボットが向いており,人手不足への対応に一役買っています。

─医療でAI活用が最も進んでいるのが放射線科領域ですが,今後どのように発展していくと見ていますか。

五島:陣崎先生が言うように,AIは画像から言語へと移行していくと思います。放射線科ではAIソフトウエアがすでに臨床に実装されていますが,放射線科医の業務改善におけるベネフィットはまだ大きくありません。放射線科医は2〜3分の読影で診断に至ったとしても,その数倍の時間をかけてレポートを書く必要があり,業務上の大きな負担となっています。また,現在,電子カルテ情報共有サービスの準備が進められていますが,文書作成で医療現場の負担が増えることが懸念されます。その対策として,大規模言語モデルを用いて文書を自動で下書きし,医師の負担軽減を図る取り組みが試みられています。10年ほど前は「AIにより画像診断医は不要になる」と言われたりもしましたが,AIを臨床で使用してきた経験からは,“AI with人間”という考え方が現実的であると感じています。

持続可能な医療のためのAI活用の視点

─持続可能な社会・医療に向けて,どのようなことが必要ですか。

Gupta:医療を持続可能なものとするための取り組みの一つが,AIも活用したヘリウムフリーのBlueSealマグネットを搭載したMRIです。ヘリウムをほとんど使わないことに加え,装置が軽量化しクエンチパイプも不要となり,地震の多い地域や離島,地下などへも設置でき,MRIへのアクセスを向上させます。医療の向上と地球環境の保全は両立できると強く実感しています。

陣崎:各学会ではGreen Radiologyがテーマの一つとなっていて,造影剤の廃棄など環境問題への関心の高まりを感じます。また,AIやDXに関しては,日本も含め国の施策としてAIの開発には積極的な一方で,実装に対して投資する姿勢は弱いと感じています。エビデンスの明確化とともに,AI実装や院内DX推進のための予算立てを国へ提言していく必要があります。

五島:国内では人口減少を見越して,すでに二次医療圏の整理・統合が始まっています。拡大した医療圏をカバーするには,デジタルを活用し,少ないリソースでどう対応するかが肝要です。病院間で医療リソースを競うのではなく,医療圏全体でどれくらいのリソースがあるかを把握し,いかに活用するか,という見方に変えていくことが求められます。地域全体で患者を診る環境を整備する中で,シンプルなタスクにAIを組み込んでいくというのが理想的な形ではないかと考えています。

*1 3 Key market trends source: The Burden of Chronic Disease (Karen Hacker); The healthcare data explosion (RBC Capital Markets); Radiologist burnout (Catalina imaging)
*2 OECD Health Statistics 2023
*3 Kumamaru, K.K., et al. : Global and Japanese regional variations in radiologist potential workload for computed tomography and magnetic resonance imaging examinations. Jan. J. Radiol., 36 : 273–281, 2018.

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