2025-6-17
企業のDXを促進するアルサーガパートナーズ(株)(以下「アルサーガパートナーズ」)と慶應義塾大学病院は協業して,生成AIを活用した退院サマリの作成支援システム(以下「本システム」)を共同開発した。試験導入を経て,現時点で5診療科の医師が活用を開始しており,医療現場での本格的な運用が始まっている。年末までにはほぼ全診療科での利用開始を目指している。
本システムは,膨大な患者データを効率的に要約し,診療内容の文書作成時間を短縮することで,医療現場の業務効率向上を目指して開発された。プロンプト(AI指示文)設計を核とする本システムは,医療現場と開発チームが一体となった伴走型の開発体制により,スムーズな実装と医療現場のニーズに応じた専門性の高いシステムの構築を実現した。
■システム開発の背景
従来,診療内容の文書作成は医師が手作業で行い,このような事務作業が診療時間を圧迫し,医師の労働環境を悪化させる一因となっていた。中でも退院サマリは,患者の診療経過や情報をまとめる重要な文書で,転院先や患者自身が診療内容を把握する上で欠かせない。
しかし,退院サマリの作成は非常に時間のかかる作業であり,一人分の作成に平均して約1~2時間を要していた。さらに,作業が医師個人に依存する属人化の問題や,作成後の確認・修正作業の負担が業務効率を低下させていた。
また,電子カルテには膨大な入院履歴が記録されており,これをすべて確認しながら必要な情報を抽出・要約するプロセスが医療従事者にとって大きな課題となっていた。一から文書を作成するより,基盤となる内容を自動生成する仕組みがあれば,作業の効率化が大いに期待される。しかし,膨大な個人情報を取り扱う医療現場では,厳格な管理や生成AIのハルシネーション(AIの誤認)への対策も不可欠。
これらの課題を解消し,医療現場の効率化を図るため,退院サマリ生成AIシステムの開発に取り組んだ。
■退院サマリ作成支援AIの特徴
・電子カルテの情報から効率的に要約
電子カルテから患者データを自動的に読み込み,10万文字を超える膨大な情報を短時間で要約する。特定のフォーマットや「こういった形でまとめてほしい」という指示を入力することで,AIがその内容に従って簡潔に要約された退院サマリを生成する。

退院サマリ自動生成イメージ
・診療科ごとに最適化されたプロンプト設計
退院サマリの各項目に対して,診療科ごとの専門性に応じた最適なプロンプト文を設計している。医師が個別にプロンプトを調整することも可能なため,運用面での柔軟性と拡張性も備えている。
今回,慶應義塾大学病院の専門医とアルサーガパートナーズのAIエンジニアが密接に連携し,プロンプトエンジニアリングを繰り返すことで診療科ごとに最適化された退院サマリ生成モデルを開発した。これにより,単なるデータ整理にとどまらず,実際の診療業務に直結した効率化を実現する。
・ハルシネーション対策
ハルシネーションを防ぐためのキーワードハイライト機能を追加した。ハイライトされたキーワードを元データと照合することで不正確な情報を早期に発見でき,正確性が向上する。この機能により,医療現場でのAI利用をより安全かつ実務的なものにする。
・電子カルテに依存しない仕組みで安全性を確保
3省2ガイドラインや慶應義塾大学病院の情報セキュリティポリシーに準拠することにより安全かつ法令を遵守した運用を実現している。また,電子カルテに依存しない仕組みによって,システムの柔軟性と汎用性を高めている。
・高度なセキュリティ対策
病院のネットワークは通常外部と隔絶されており,セキュリティの確保が極めて重要である。本システムは,病院内の閉じたネットワーク内で構築されており,安全性を重視した設計となっている。外部AIサービスであるOpenAIとの接続については,専用の通信経路を限定的に開設するのみとし,それ以外の外部接続を排除することでセキュリティリスクを最小限に抑えている。この堅牢なインフラ設計により,患者や医療従事者にも安心して活用できる環境を提供する。

システム全体構成図
■慶應義塾大学病院 副病院長 陣崎雅弘氏 のコメント
サマリ作成支援機能はサマリの下書きを生成し,サマリや診療情報提供書の作成を支援するシステムです。
診療科,診療する疾患によってサマリで重視される項目が異なるため,サマリを生成するプロンプトは各自カスタマイズすることができるようになっているのが特徴です。また,作成したプロンプトをユーザー間で共有できる点も特徴となっています。
診療における生成AIの活用は,今後の医療DXの重要な柱になると思われ,看護サマリや医療安全面への応用も進めています。
■アルサーガパートナーズ 代表取締役社長 小俣泰明氏のコメント
当社はこれまで,さまざまな業界のDXを推進してまいりました。今回の「退院サマリ作成支援AI」の共同開発は,医療現場の業務負担軽減と診療の質向上を目指す重要な取り組みです。本システムは,医師の皆様と開発チームが密接に連携し,実際の診療業務に即した形で構築されました。すでに複数の診療科で活用が始まり,現場での有用性が実証されつつあります。今後も医療従事者の声を反映しながら,さらなる改善を重ね,より多くの医療機関に最適なAIソリューションを提供してまいります。
■アルサーガパートナーズ 執行役員 吉冨亨氏のコメント
この度は,このようなご報告が皆様にできますことを大変嬉しく思います。初めは陣崎副病院長の医療DXへの取り組みの熱量に感銘を受けたことがきっかけです。大手の電子カルテメーカーが同様の仕組みに取り組んでいる中で,私たちは独自のアプローチで差別化を図っています。大きな病院から小規模なクリニックまで,規模に関わらず浸透させるためには,柔軟かつ迅速な対応が必要だと考えております。いくつかのモデルケースを作りながら,常に新しい技術を取り入れることを重視しつつ,私たちの強みであるスピードを生かして展開していきたいと思っています。
■今後の展開
現在,本システムは5診療科に加え,看護サマリでも活用されている。他病院では一つのサマリを全診療科で共通利用する場合が多いが,慶應義塾大学病院のような規模が大きい施設では,診療科ごとに異なるプロンプトを作成する必要がある。これにより,診療科の特性に合わせたより精度の高い要約が可能となっている。
今後は,診療科のさらなる展開に加え,ユースケースの拡大も進める予定。退院サマリにとどまらず,紹介状,その他の要約が必要な資料への応用を進めることで,より広範な医療業務の効率化と負担軽減を目指していく。
●問い合わせ先
アルサーガパートナーズ(株)
https://www.arsaga.jp/