TOPICS 第3回 Hi Advanced MR セミナー
慢性肝障害・肝細胞癌MR診断のトピックス
竹原 康雄(浜松医科大学医学部附属病院 病院教授・放射線部副部長)
2016-9-26
慢性肝障害から肝硬変,肝細胞癌へと進行する肝障害の原因として,国内ではB型・C型肝炎ウイルスは減少しているものの,入れ替わるようにして非アルコール性脂肪肝炎(NASH)が増加している。
本講演では,NASHの前駆症状である脂肪肝も含め,肝障害に対してMR診断がどのように貢献できるかについて述べる。発癌のリスクとなる線維化を評価するためのMR elastography(MRE)や,MRIによる肝脂肪評価,肝特異性造影剤Gd-EOB-DTPAによる診断についても説明する。
MRIによる触診“MRE”
CTとMRIでは,得られる画像の性質が異なる。X線を使うCTは,電子密度の差を画像化しているため,物質が硬いか軟らかいかといった“物理的な表現”を得意とする。これに対しMRIは,水素原子核の数だけでなく,置かれた環境を画像化できるため,出血,脂肪,線維成分といった“病理的な表現”を得意とするが,CTのように硬さについての明瞭な答えを得ることは難しい。
従来,肝臓の硬さの観察は医師が触診により行ってきたが,物質の硬さは,外圧による歪みの程度を測定する剛性率や弾性率で定量化することができる。これをMRIで測定するMREは,1995年にメイヨークリニックのEhmanらが臨床応用に弾みをつけ,以後さまざまな検討が行われてきた。MREでは,体外から振動波を与えてphase contrast法で撮像し,振動波の伝播をMRの位相差に変換する。硬い物質では速く,軟らかい物質ではゆっくりと伝播する振動波をwave image(図1 a)として可視化し,波長の変化から組織の相対的な硬さをカラーマップ(elastogram)として再構成する(図1 b)。
慢性肝炎における線維化と発癌の関係
肝臓の硬化は,線維化の進行を示している。肝生検の線維化ステージ(Fステージ)が進むと肝細胞癌の発生率が高くなることも示されており1),MREで肝臓の硬さを定量評価することは,発癌リスクの評価に有用である。
肝線維化の評価では肝生検が行われるが,生検による合併症で入院加療が必要(1〜3%),あるいは死亡(0.01%)の可能性があることや,サンプリングエラーといった問題がある。このほかにも,生検拒否,無症候性キャリア,抗凝固薬内服中患者などでは生検ができない,また,慢性肝炎の経過観察で繰り返し生検を行うことへの負担,あるいは経過不明なB型・C型肝炎など,生検には課題も多い。そのため線維化の評価には,非侵襲的で定量性があり,広視野で情報を得られる検査が必要である。
この要望に応えるのがMREである。最大の利点は,elastogramのカラースケールで硬さ(kPa)を定量化できることである。市川らは,Fステージと線維化マーカー〔stiffness(kPa),APP,APRI,FIB4〕の相関を検討し,stiffness(kPa)がFステージと最も良好な相関を示したと報告している2)。
NASH,NAFLDの臨床的重要性3)〜6)
近年,脂肪肝の患者は増加しており,アジアでは成人の15〜30%を占めるとされ,糖尿病患者やメタボリックシンドローム患者の50%が非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と言われている。このうち10〜20%は肝硬変や肝細胞癌に発展するNASHになる可能性があるactive NAFLDであり,NAFLDの4〜5%が最終的に肝硬変に至り,NASHでは年に2〜3%が肝細胞癌を発症すると言われている。
実際,日常診療でTACE治療を行っていると,NASHにより肝細胞癌を発症する患者が年々増加し,ウイルス性肝炎により肝細胞癌を発症する患者が減少してきていることを実感する。今後ますます,NASHに起因する肝硬変や肝細胞癌が増加することは想像に難くない。
MRIによる肝脂肪の定量とMREの応用
●肝内脂肪の非侵襲的定量
脂肪肝を定量評価することで,NASHや肝細胞癌のリスクを評価できる。
CTでも肝脂肪の定量評価は可能だが,被ばくがあることに加え,脂肪以外の沈着物(鉄,銅,グリコーゲン,線維化など)がX線吸収値に影響を与えることが大きな問題となる。金属沈着と脂肪沈着がある患者では正確な脂肪の定量が困難となる。
一方,MRIによる脂肪の評価では,水プロトンと脂肪プロトンの周波数差を利用して脂肪信号を抑制するDixon法や,選択的に脂肪を抑制するChemSat法を用いることもできるが,脂肪酸とグリセリンの化合物である脂肪のパターンはさまざまであり,なかには周波数が水と非常に近いものもあるため,完全に脂肪抑制することは難しい。そこで,複数のTEで多くの共鳴周波数情報を得て水と脂肪の信号をピクセルごとに計算し,またさらに,鉄沈着の程度が反映されるT2*の補正により局所磁場不均一を補正することで,正確な脂肪定量が可能となる5)。
なお,付言すると,過剰に鉄が沈着した症例などでは局所磁場が不均一になり,MREの計測でも不正確な値となってしまうことがあり注意が必要である。
●MREの応用
MREについては,肝障害の進行度の診断7)や,硬さの異なる腫瘍の質的診断8)における有用性が報告されている。なお,われわれが行った膵臓癌における検討9)では,線維化した膵臓癌は,正常膵実質と区別可能であったが,自己免疫性膵炎のように膵臓癌と区別困難な病変もあることがわかった。また,当院から報告した脳腫瘍にMREを適用した検討10)では,術前にMREで判断した腫瘍の硬さと,実際の術中の硬さが良好に相関していた。
MREは,脂肪定量と併せることでNASHの定量的なリスク判定に有用となる。超音波によるelastographyと異なり肥満患者でも施行可能なことや,肝臓以外の臓器へも応用できる可能性があるなど,多くの可能性を有している。
肝細胞癌の多段階発癌とGd-EOB-DTPA造影
肝線維化が進行した患者には,肝細胞癌のスクリーニングが必要となる。肝細胞癌は,異型腺腫様過形成から高分化肝細胞癌,中分化肝細胞癌,低分化肝細胞癌へと段階的に進展する。従来は,前癌状態を血流で診断することは困難だったが,肝胆道系造影剤Gd-EOB-DTPAにより評価可能となった。
Gd-EOB-DTPAは正常肝細胞に取り込まれるが,脱分化しつつある前癌状態の細胞には取り込まれないため低信号となる。これまで,前癌状態は治療対象ではなかったが,15mm以上の結節は1年ほどで約80%が多血化する11),12)ことがわかってきており,前癌状態の患者に対するGd-EOB-DTPA造影検査が重視されるようになってきている。
Gd-EOB-DTPA造影MRIの撮像のポイントは,時間分解能の向上と息止め不能な患者におけるモーションアーチファクトの低減である。そのためには,SNRとCNRが高い高磁場装置でダイナミックスタディを行うことが重要である。時間分解能向上については,スパースデータサンプリングにより4〜5秒で全肝3Dダイナミック撮像を行える撮像法が臨床で用いられるようになっている。また,息止め不能な患者に対しては,横隔膜同期を用いることでモーションアーチファクトの低減が可能になっている。
●症例提示:悪性リンパ腫
図2に示す症例は12年前にTACEを施行した患者で,新たに肝細胞癌を発症し,血管造影では多血化が認められた(図2 d)。造影CTでは門脈相で低吸収となり,門脈の関与がないことがわかる(図2 e)。拡散強調画像では強い拡散制限を受けており,細胞密度がきわめて高い腫瘍であることがわかる(図2 f)。Fat imageでは,リピオドール残存部が高信号を示している(図2 g)。
脂肪抑制T1強調画像は静脈相で強い濃染を示し(図2 i),肝細胞相は低信号を示した(図2 j)。
MRE(図2 l)では,腫瘍の部分が4.4kPa,背景肝は2.1kPaであった。結局,悪性リンパ腫と診断されたが,多角的な情報を得ることで,診断に生かすことができた例である。
●慢性肝障害患者の取り扱いの小括
・Gd-EOB-DTPAを取り込まない腺腫様過形成は,大きくなるに従って多血化のリスクが上昇する。
・慢性肝炎,肝硬変,NASHで経過観察中の患者については,Gd-EOB-DTPA造影MRIを年に一度は施行する。可能であればMREも行い,線維化の程度の評価と発癌リスクの推定を行う。
・造影CTの被ばく線量(10mSv/回)を考えると,繰り返し検査を行う経過観察ではMRIが推奨される。
・これに加えて腎障害を合併している場合,ヨード系造影剤検査では,造影剤腎症リスクがあることに注意する。
まとめ
MRIでは“病理的な情報”を得られるが,MREを組み込むことで硬さという“物理的な情報”も得ることができるようになり,硬さによる病変鑑別という新しい可能性が開ける。また,発癌リスクに関係する肝線維化の定量や,simple NAFLDからactive NAFLDやNASHを鑑別することに有用である可能性がある。
さらに,Gd-EOB-DTPA造影検査は,異型腺腫様過形成結節の多血化リスクに警鐘を鳴らすことができる。MRIは慢性肝障害から肝線維化,異型腺腫様過形成,肝細胞癌へのプロセスをone stopで定量的に評価・スクリーニングすることが可能なモダリティであると言える。
●参考文献
1)Yoshida, H., et al., Ann. Intern. Med., 131・3, 174〜181, 1999.
2)Ichikawa, S., et al., Magn. Reson. Med. Sci., 11・4, 291〜297, 2012.
3)Noureddin, M., et al., Hepatology, 58・6, 1930〜1940, 2013.
4)Wong, VW., J. Gastroenterol. Hepatol., 28・1, 18〜23, 2013.
5)Reeder, S.B., et al., J. Magn. Reson. Imaging, 34・4, 729〜749, 2011.
6)Ohki, T., et al., Gut, 58・6, 839〜844, 2009.
7)Chen, J., et al., Radiology, 259・3, 749〜756, 2011.
8)Venkatesh, S.K., et al., AJR, 190・6, 1534〜1540, 2008.
9)Itoh, Y., et al., J. Magn. Reson. Imaging, 43・2, 384〜390, 2016.
10)Sakai, N., et al., AJNR, 2016(Epub ahead of print).
11)Kumada, T., et al., AJR, 197・1, 58〜63, 2011.
12)Motosugi, U., et al., J. Magn. Reson. Imaging, 34・1, 88〜94, 2011.
竹原康雄(Takehara Yasuo)
1984年浜松医科大学医学部医学科卒業。浜松医科大学医学部/ 医学部附属病院,聖隷三方原病院,UCSF Department of Radiology, MRI division, research fellow などを経て,2001年浜松医科大学医学部附属病院助教授(准教授),2011年より現職。
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