Case 16 名古屋大学医学部附属病院 整形外科
リウマチ日常診療においてQOLを患者がiPadで回答する“問診票システム”をFileMakerで構築
講師 小嶋俊久氏
2014-2-17
iPadで患者が直接質問の回答を入力する。
名古屋大学医学部附属病院整形外科では,iPadを用いた“問診票システム”が運用されている。リウマチ患者のADL(日常生活活動)やQOL(生活の質)について,質問項目に沿って患者自身がiPadで入力するシステムだ。整形外科では関連病院と連携して,リウマチ患者を対象にした症例登録システムを構築しており,入力された問診票システムのデータはWi-Fiで転送され,リウマチ患者の状態を把握するデータとして管理されている。これらのシステムはFileMakerプラットフォームで構築され,開発はFBA(FileMaker Business Alliance)である株式会社ジュッポーワークスが担当した。リウマチ診療における問診票システムと症例登録システムの構築について,整形外科講師の小嶋俊久氏に取材した。
●iPadとFileMakerによるリウマチの問診票システムを構築
名古屋大学医学部附属病院整形外科では,リウマチ性疾患を対象に治療を行うリウマチ科を開設しており,関節リウマチに対する薬物療法,手術療法などに積極的に取り組み,診療科やリハビリテーション部門などとも連携して患者のQOLに配慮した総合的な診療を提供している。週1回7診察室での外来を行っており,小嶋氏は「大学病院の整形外科で,これだけのスタッフでリウマチを診ているところは全国的にも少ないでしょう」と言う。
リウマチに対する治療は,2003年に認可された生物学的製剤の登場によって大きく変化した。それまで原因もわからず治療法も手探りだった時代から,生物学的製剤によって早期に診断し治療を開始すれば症状が改善するようになってきたことが,リウマチの診療を変えたと小嶋氏は言う。「リウマチが良くなる疾患になったことで,リウマチ患者に対するさまざまな介入の余地が出てきました。それが,問診票システムの開発と運用に至ったひとつの背景です」
整形外科で運用されている問診票システムは,リウマチ患者のQOLを評価する代表的な4つの質問票について,iPadを使って患者が直接入力し,データはサーバに転送する。問診の重要性について小嶋氏は,「症状が改善するようになったことで従来の医師からの目線だけでなく,治療が進む中で患者さん自身が感じている満足度や,身体の状態を把握することが重要になってきました。そのための方法のひとつとして,リウマチの日常診療において,患者さんのADLやQOLを把握するための問診を定期的に行っています」と説明する。
●関連病院を含めたリウマチ症例登録システムを立ち上げ
整形外科では,問診票システムを開発する以前から,生物学的製剤治療を受けた患者の情報を登録する「関節リウマチ生物学的製剤使用症例登録システム(Tsurumai Biologics Communication Registry:TBCR)」を,FileMakerで構築して運用してきた。名古屋大学を中心に関連の17施設が参加して,生物学的製剤治療を行っている患者の症例登録を行い,治療経過をデータベース化するシステムだ。症例登録システム構築の背景について小嶋氏は,「生物学的製剤はリウマチの治療を大きく変えましたが,副作用などの安全性や製剤ごとの効果の違いなどの適応に関しては,長期間の症例データの収集と解析が必要です。また,多施設にわたるデータベースを構築することで,自分が直接経験した症例だけでなく,自分たち自身で多くのデータを検証することができ,その結果,より質の高い診療を提供することが可能になります。そこで,関連病院などと協力して,リウマチに対する生物学的製剤を用いた症例の登録システムを2008年からスタートしました」と述べる。
当初は,症例データを表計算ソフトで管理していたがうまくいかなかった。そこで,小嶋氏がメディカルITセンターの吉田茂センター長(当時)に相談したところ,システム開発会社としてジュッポーワークスを紹介され,2011年からFileMakerベースでのシステムが稼働した。小嶋氏は,「1人の患者さんに対して複数の薬剤を扱うデータベースを,表形式で管理するには無理がありました。当時から,院内ではFileMakerで構築されたサブシステムが,“名大の森”として各科で運用されていましたので,症例登録システムもその一環としてFileMakerで構築することになりました」と経緯を説明する。
FileMakerで構築された症例登録システムは,患者ごとのケースカードで一覧でき,使用する薬剤ごとにタブで管理するように画面が構成され,データの入力や参照がしやすいように工夫されている。関連病院のデータ入力については,FileMakerのランタイム版を配布して登録し,年1回データの集計を行う。また,TBCRに登録されているデータは,個人名やID番号などは匿名化されていて,個人が特定できないよう配慮されている。現在,登録患者数は約2600人に登り,さまざまな学会発表などにも利用されているという。
●外来で8台のiPadを配置し患者が直接問診票を入力
問診票システムは,病院外来のクラークデスクに配備された8台のiPadで運用されている。問診票の運用フローは,クラークデスクでiPadの問診票システムに患者IDを入力し必要な質問票を選択して患者に渡す→患者はiPadで質問に沿って問診を入力→最後に問診終了のボタンをタップすることでデータがFileMaker Serverに転送→患者はクラークデスクにiPadを返却→医師は回答状況をPCで確認,となる。システムは,iPad内に格納したFileMaker Proのファイルにデータを入力,入力終了後にWi-FiでFileMaker Serverに展開されたファイルにデータを送信する。端末には患者IDのみを入力し,転送完了後,端末のデータは消去されるなどセキュリティに配慮されている。
問診票システムでは,(1) HAQ(Health Assessment Questionnaire):リウマチ患者に対する身体的な機能障害に関する質問項目,(2) DASH:主に上肢の症状や能力についての質問,(3) EQ-5D:日常生活におけるQOLに関する質問,(4) WPAI-RA:リウマチが仕事や日常活動に及ぼす影響についての質問,が用意されている。
小嶋氏は問診票システムについて,「問診内容は回答によってスコア化されて,患者さんの状況を数値で把握することができます。以前は紙で書かれた内容をシステムに手入力していました。問診票システムでは,患者さん自身が入力を行い,スコアは自動計算されます。さらに,TBCRにデータを登録することで,患者さんごとの時系列での参照が可能になり,改善の程度などを客観的に判断できるようになりました」と述べる。
開発では,わかりやすい画面のレイアウトや答えやすい設問のバランスなどに配慮して設計を行った。最初のバージョンが完成してからも,患者の回答率が低い質問項目について,設問から回答の間に説明画面を挟むことを小嶋氏が提案してシステムを変更した結果,回答率が上がるなど,FileMakerならではのアジャイル型の開発が可能になった。
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●FileMakerによる柔軟性の高いシステム構築が可能
問診票システムについて,患者からは当初は「面倒だ」という声もあったが,実際に使ってみると紙に書くより簡単なこと,また,データとして蓄積されることで,自分の病状の変化を確認できるようになったと評価されているという。また,当初はIDの入力や質問票の選択などをシステムでコントロールする予定だったが,病院の事務部門と連携することで,クラークデスクのスタッフが端末の準備や患者への説明などを行う体制となった。小嶋氏は,「病院の事務スタッフと連携して運用のフローを構築することができました。システムをうまく回すためには構築だけでなく,院内で連携して運用していくことが重要だと実感しています」と運用のポイントを述べる。
FileMakerを使ったシステム構築に対する評価について小嶋氏は,「FileMakerでは,われわれのアイデアや改善要求を反映させながら構築することができました。システム化では入力が第一のハードルですが,それを乗り越えて入力されたデータを活用できなければ意味がありませんので,現場の要求に見合った,見やすく使いやすいシステムは必要不可欠です」と柔軟性の高いシステム構築に期待する。
整形外科では,人工関節など手術症例でのチーム医療を推進するためにリハビリテーション部門などと情報共有が可能な仕組みを構築中だ。人工関節などの手術から退院までには,整形外科医だけでなく看護師やリハビリスタッフなどによるチーム医療が不可欠になっている。小嶋氏は,「スタッフ間の情報共有が可能になるシステムをFileMakerで構築しています。症例登録,問診票,そして手術の3つのシステムから登録されるデータを活用して,リウマチの診療に活用していきたいですね」と今後のシステムの方向性を語っている。
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