医療分野におけるiPhone・iPadの可能性
吉田 茂 氏(名古屋大学医学部附属病院病院長補佐・メディカルITセンター長)
2010-10-5
吉田 茂 氏
発売とともに日本国内の医療関係者からも大いに注目されているiPhoneやiPad。これらのモバイルデバイスが医療にどのような影響を与えるのか。シリーズ第1回は,名古屋大学医学部附属病院病院長補佐・メディカルITセンター長の吉田 茂氏が,どのようなケースでiPhone・iPadが有用であるかを解説する。
■はじめに
2010年5月に日本で発売された,Apple社製9.7インチマルチタッチ・スクリーン搭載タブレット型コンピュータ「iPad」は,抜群の操作性・携帯性,鮮明な画面,比較的安価などから,米国での発売当初から医療における有用性が指摘されており,急速にわが国の医療現場にも浸透しつつある。
筆者も個人的には発売直後にiPadを手にし,すぐにその魅力の虜(とりこ)になり,医療における有効利用を模索し始めた。同時に,名古屋大学医学部附属病院
において,iPadの病院業務への有効利用を検討するワーキンググループを立ち上げ,その検討結果を基に提言を取りまとめ,病院として業務に利用するiPadを約100台購入するに至った。
そこで,このたび,本連載が始まるに当たって,記念すべき第1回を担当することになったので,当院において検討してきたiPadの病院業務への有効利用の総論的な話と当院独自の利用事例の紹介を行いたい。
■機能別活用法
1. 文書閲覧
iPadでは,PDF形式を筆頭に各種ファイル形式に対応したビューワアプリが有料・無料を問わず利用できる。さらに,iPadの機能的特徴として直感的な画面のタッチ操作により,拡大・縮小,スクロール,ページ送りが可能であり,画面回転機能も備わっていることから,紙文書の場合の用紙サイズや縦横方向の制約がかなり緩和される。これは文書を作成する際には好都合であろう。
実際の閲覧対象としては,患者向けに各種説明資料や,職員向けに各種会議資料などが想定される。なかでも,当院では,医療の質向上に向けた全病院的取り組みの一環として,院内のすべてのマニュアル・ガイドラインなどの文書をデジタル化してiPadの中に格納し,いつでもどこでも容易に閲覧できる仕組みを構築しつつある。従来ならば,電子カルテシステム端末に格納することを考えていただろうが,文書の閲覧のために診療録としての用途が主である電子カルテシステム端末が占有されることは望ましいことではなく,ましてや可搬性,即時性を考えたときにはiPadに優る格納場所はないと言えよう。
2. 画像・動画閲覧
iPadの9.7インチディスプレイ仕様は,1024×768ピクセル,解像度132ppiであり,さらにそのスペック以上に,液晶の明るさや発色の良さ,そして斜めからのぞき込んでも色合いが変わらない178°という広視野角の実現などにより,画像表示能力はきわめて高いと言える。また,各種動画フォーマットにも対応しており,静止画・動画を問わず,画像閲覧ツールとしての利用価値は高い。
活用場面としては,手術室での術中の医療画像参照はすでに国内でも実例が報告されているが,そのほかにも救急の現場や病棟回診時など医師が動き回る状況での医療画像参照に効果を発揮するであろう。実は,従来,X線フィルムの医療画像を用いていたときには当然持ち歩けていたのだが,現在,普及しているPACSによるフィルムレス運用になって,モバイルの制約が生じていたのである。院内のPACSと連携させてiPad上に画像を表示させる仕組みとしては,トライフォー社
の「ProRad DiVa
」が有名である。
また,患者への説明資料としての医療画像および各種静止画・動画の閲覧にも適しているのは言うまでもない。
3. ユーティリティ
iPadには,買ったその日から使える便利なアプリが多数搭載されている。Webブラウザ「Safari」,「メール」,スケジュール管理に便利な「カレンダー」,高機能アドレス帳「連絡先」,GPS機能を搭載しGoogle社のサービスを最大限に活用する「マップ」などである。これらが密接に連携して機能するところが実に素晴らしい。また,App Storeを介してダウンロードするアプリには,文書作成,表計算,プレゼンテーションなどPC並みの機能を提供しているものも多く,業務用資料や学会発表資料の作成などにおいてノートPCの代用品としても利用可能である。
4. 医療業務用アプリ
現時点で,前述したモバイル画像閲覧システムの「ProRad DiVa」をはじめ,いくつかの医療業務用アプリが出回ってきているが,今後,iPad,iPhone,iPod Touch上で動く単体のアプリは多数出現するであろう。実は,これらのアプリ作成は,Macが1台とApple社のWebサイトから無償でダウンロードできる「iOS SDK
」と呼ばれるアプリ作成用キットさえあれば,後は「Objective-C」というプログラミング言語を扱える人ならば誰でも比較的容易に可能なのである。そうは言っても,プログラミング言語の知識を要する時点で多くの人にとってハードルが高くなるのも事実である。筆者自身もObjective-Cには疎いため自主開発するには至っていないが,つい先日,非常に有用なアプリがリリースされた。それが,ファイルメーカー社
の「FileMaker Go
」である。
市販データベースソフトとしてわが国の医療現場でも使用頻度の高い「FileMaker Pro」とほぼ同等の機能を有するこのアプリを使用することにより,FileMaker Proで作成したシステムのモバイル端末としてiPad,iPhone,iPod Touchを使用することが可能となったのである。当院では,電子カルテシステムと連携しているFileMakerによるサーバ・クライアントシステムが稼働している
ので,そのモバイルクライアントとしてiPadを利用することにより,iPadから電子カルテシステムの情報を閲覧したりデータ入力を行う仕組みが実現可能である(図1)。現在,その一例として,救急現場でのトリアージシステムを構築中である。
そのほかに,iPadを電子カルテシステムのモバイル端末として利用する方法としては,仮想化やWeb連携が挙げられる。
5. デバイス機能
iPad,iPhone,iPod Touchには,加速度センサー,環境光センサー,3軸ジャイロスコープ(iPhone,iPod Touchのみ),近接センサー(iPhoneのみ)など各種センサー機能が搭載されている。また,音声,画像・動画(iPhone,iPod Touchのみ)の入出力機能も有していることから,これらの機能を利用するアプリによっては,重心移動解析などの運動機能評価や睡眠状態の評価も可能となりつつあり,さらに将来的には,心機能解析など簡易検査機器としての可能性も秘めている。
■まとめ
今回は,連載の第1回ということもあって,総論的な話に終始したが,次の執筆の機会があれば,電子カルテシステムと連携したFileMaker GoによるiPad利用事例を詳しく紹介したいと思う。
◎略歴
(よしだ しげる)
1987年神戸大学医学部卒業。同大学医学部附属病院小児科,兵庫県立こども病院新生児科,呉共済病院小児科,神鋼病院小児科,神鋼加古川病院小児科医長を経て,2004年に名古屋大学医学部附属病院医療経営管理部助教授となる。2008年から同院メディカルITセンター長,2010年から同院病院長補佐も兼任する。現在,日本クリニカルパス学会評議員,日本ユーザメード医療IT研究会代表,日本医療情報学会評議員などを務める。