病院DX推進のためのネットワーク基盤構築とスマートフォンを利用した病院DX 
福田 健治(社会医療法人財団白十字会 白十字病院 脳神経外科,DXセンター)  村上 真一(社会医療法人財団白十字会 医療情報本部 システム開発室)

2024-3-1


福田 健治(社会医療法人財団白十字会 白十字病院 脳神経外科,DXセンター) 村上 真一(社会医療法人財団白十字会 医療情報本部 システム開発室)

福田健治氏       村上真一氏

医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第20回は,社会医療法人財団白十字会の福田健治氏と村上真一氏がデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のためのネットワーク基盤構築とスマートフォン導入によるDXの取り組みを紹介する。

病院DX推進のためのネットワーク基盤構築

白十字病院は2021年4月の新築移転を機会に,従来のケアミックス型の病院より急性期に特化した「白十字病院」と回復・慢性期に特化した「白十字リハビリテーション病院」に分院を行った。
病院移転に際して,機能別に存在した複数のネットワークを,NECのSDN(Software-Defined Networking)を導入して物理的に統合した上で,医療系,インターネット系,音声系,公衆無線LANなど,9つの仮想ネットワークに分割することにより,全体を統合的に運用管理できるように構築を行った(図1)。導入に際して院内無線ネットワークの強化も併せて行い,さまざまな無線に対応できる環境構築を行った。その中の一つが,製造終了が近づいていた「PHS」を「スマートフォン(iPhone)」に更新し,内線電話化することである。iPhoneの導入は今後の病院DXを推し進める上で非常に大きな役割を果たしている。
白十字病院には2021年4月に240台(うちナースコール60台),白十字リハビリテーション病院には2022年8月に100台(うちナースコール32台)のiPhoneを導入し,内線用スマートフォンとして運用している。病院内における内線電話やナースコールは非常に重要な位置づけとなる。安定した運用のため,内線用スマートフォンが接続する音声系ネットワークに優先制御を行い,電話交換機を含む環境構築を行った。また,白十字病院と白十字リハビリテーション病院をVPN接続することにより,同一ネットワークとしてつなげ,2病院間の連携がとれる環境を構築した。これにより,2病院間は同一の内線電話でコミュニケーションが可能となった。さらに,災害や近年大きな問題となっているサイバー攻撃を含めたネットワーク障害に対応するため,回線切断時には自動的に単独で動作できる環境も構築した(図2)。
以上のようなネットワーク構築により安定した運用を行っているが,音声系のネットワークをインターネット系や医療系ネットワークと分離・独立させたことが内線用スマートフォンを必要なネットワークに接続する際のファイアウォール設定を容易にし,病院DXを進める上で非常に効率的な環境となった。

図1 SDNで構築した白十字病院と白十字リハビリテーション病院のネットワーク基盤

図1 SDNで構築した白十字病院と白十字リハビリテーション病院のネットワーク基盤

 

図2 災害やサイバー攻撃によるネットワーク障害への対応

図2 災害やサイバー攻撃によるネットワーク障害への対応

 

スマートフォンを利用した病院DX

医療現場では,医師の働き方改革や労働人口減少による働き手不足,高齢化に伴う患者像の複雑化,新興感染症などの諸問題に対応するために,ICTの活用が求められている。2021年4月に新病院への移転後,ICTプロジェクトチームを発足させ,2022年4月にDXセンターとして組織を変更し,医師を中心とし,事務長,システム開発室,看護部など多職種の協力により,臨床現場における病院のDX改革を進めている。
病院DXの一環として,スマートフォン導入による働き方改革が挙げられる(図3)。当院は,iPhoneの導入と効率的なネットワーク環境を背景に,まずビジネスチャットツールの展開を始めた。2023年1月より,まず脳卒中センターをモデル病棟とし,その有効性,安全性を検証した。急性期脳卒中は時間との闘いであり,1分間治療が遅延すると約190万個の脳神経細胞が死滅すると言われており,迅速に治療を開始する必要がある。また,治療に関連する部署としては,医師,看護師(救急外来,ICU,SCU),手術室,放射線部,薬剤部,臨床検査部,と非常に多職種であることが特徴である。これまでは,患者が搬送されると,ほとんどの病院がそうであるように,院内PHSでそれぞれに連絡を入れていたが,同じ内容の繰り返し,電話がつながらない,伝達エラーなど,非効率的で問題が多かった。現在は,救急隊から受け入れ要請が入ると,受け入れ担当ドクターがまず患者情報をグループチャットで発信し,さらに来院後の神経所見や画像検査など新たな情報を適時共有することで,緊急の処置や手術が必要か,そのためにどの部署がどの程度介入する必要があるかなどを皆が判断できるようになっている。ビジネスチャットツールの導入により,部署を越えて皆が情報を共有し,意思を統一し,迅速に治療を開始することができている。臨床現場におけるビジネスチャットツールの利用は,医療者のコミュニケーション改革のみならず,患者さんの予後改善に寄与する可能性がある。脳卒中センターでの経験を基に,現在,白十字病院内では,診療部や看護部,薬剤部,リハビリテーション部,放射線部,医事課・医療連携室など,多くの部署でグループチャットが利用され,その利用数も非常に増えている。また,1対1での対話においても,例えば医師と看護師の連絡に当たっては,医師への電話連絡は「今手術中なのか,外来中なのか,忙しいか,急ぎでないことを連絡してもいいか」など,看護師は絶えず気を遣い,医師にとっても電話により仕事が中断されてしまう。ビジネスチャットツールを活用することで,場所や時間に縛られず,文字や写真による正確な情報伝達が可能であり,受け手の都合を配慮しなくてよいため,仕事の中断による業務の効率低下を防ぎ,精神的ストレスの軽減が図られている。実際,ビジネスチャットツール導入1年後の看護師へのアンケートでは,(1) 医師とのコミュニケーションがしやすくなった:94%,(2) 電話と比べてコミュニケーションが増えた:85%,(3) 今後もビジネスチャットツールを使いたい:97%,という満足の得られる結果であった。現在,福岡地区白十字会施設(白十字病院,白十字リハビリテーション病院,在宅サービス部門)のほとんどの院内iPhoneにビジネスチャットツールが導入されており,施設内のみならず,施設間においても,特に患者転院や患者情報照会の際に有効活用されている。
また,モバイル電子カルテにより,場所に縛られずに患者情報や医療データの閲覧が可能となった。これには個人情報への配慮やセキュリティの問題が伴うが,施策として前述のネットワーク構築や,スマートフォンの適切な使用のための「多機能携帯電話管理規定」を整備し,セキュリティ対策を施している。
将来的には,スマートフォンを利用した業務改善を進め,労務管理や看護補助(バイタル入力,点滴管理),セントラルアラームとの連携,各種e-ラーニングなどを計画している。病院DXは,仕事の効率化のみならず,職員のモチベーションや病院のプレゼンスの向上,優れた医療従事者の獲得,集患力・経営力の向上に寄与し,病院全体をより良い方向に変革させることは間違いないであろう。

図3 スマートフォン導入による働き方改革

図3 スマートフォン導入による働き方改革

 

 

(ふくだ けんじ)
2002年熊本大学医学部卒業。同年福岡徳洲会病院初期研修医。国立循環器病センター(現・国立循環器病研究センター)を経て,2012年福岡大学医学部脳神経外科入局。同大助教,講師を経て,2021年より現職。社会医療法人財団白十字会白十字病院脳神経外科部長。日本脳神経外科専門医,日本脳卒中学会専門医,日本脳神経血管内治療学会専門医指導医,日本脳神経外科学会代議員,日本脳循環代謝学会代議員。

(むらかみ しんいち)
2012年社会医療法人財団白十字会に入職。病院SEとして,ネットワーク・サーバ基盤の構築・運用などの業務に従事。2021年病院移転時には新病院開設準備室を兼務し,病院建築・移転業務に携わる。福岡地区における医療情報システム安全管理責任者として,病院DX推進のための基盤構築やセキュリティ向上の実践に取り組んでいる。医療情報技師。


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