スマートデバイスが変える医療現場の未来 ─大阪けいさつ病院におけるスマートホスピタル構想とiPhone活用の実践─
山本 剛(社会医療法人 大阪国際メディカル&サイエンスセンター 法人事務局 医療情報部,大阪けいさつ病院 事務部 医療情報部門)
2025-7-1

山本 剛 氏
医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどのモバイルデバイスの利用が広がっている。2025年に新病院が開院した大阪けいさつ病院では,スマートホスピタル構想の下,全職員がiPhoneを活用する環境を整備した。山本 剛氏が導入の経緯と運用の実際を報告する。
はじめに:既存技術をつなぐスマートホスピタル構想
大阪けいさつ病院では,2025年の新病院開院を契機として「スマートホスピタル構想」を策定した。本構想は,最先端技術の導入を目的とするものではなく,「既存技術をつなぎ合わせることで現場の課題をスマートに解決する」ことを基本理念としており,8つの重点テーマを掲げて展開した(図1)。
なかでも特筆すべきは,「全職員へのiPhone配布」と「統合データベース構築」の2本柱を基盤とし,あらゆる業務をモバイル端末上で完結できる環境の構築を目指している点である。本稿では,スマートフォンを軸とした取り組みの全体像およびその成果と今後の展望について解説する。

図1 スマートホスピタル概念図
PC中心の医療からモバイル中心の医療へ
一般社会ではスマートフォンが不可欠な存在となっているが,医療現場においてはPCや紙媒体,Excel,Wordなどへの依存が根強く残存している。
当院では,新病院への移転をこのギャップ解消の好機と捉え,ICT基盤の全面刷新に着手した。全職員にiPhone SE(第3世代)を貸与し,“1人1端末・いつでも・どこでも”業務を遂行可能な環境を整備した。また,Microsoft 365をはじめとするクラウドツールと連携させることで,高いセキュリティを維持しつつ,あらゆる業務シーンにおけるコミュニケーションと情報共有のモバイル化を実現した。
これにより,従来の“PCや紙が中心”という常識は,“モバイル中心”へと確実に転換しつつある。
この「スマートデバイス×Microsoft 365」のプラットフォームは,単なる業務効率化にとどまらず,「医療DX」「スマートホスピタル」「働き方改革」という病院運営の根本的な課題を包括的に解決する基盤となっている(図2)。

図2 スマートデバイス×Microsoft 365
iPhoneを起点に広がる医療DXの実践
当院では,全職員にiPhoneを配布し,診療・看護業務から勤怠管理,教育支援に至るまで,多様な業務アプリケーションを導入している。
たとえば,富士通Japan社の「PocketChart」を用いることで,iPhoneから電子カルテの閲覧や記録入力が可能となった。国内において全職員がiPhoneからカルテにアクセス可能な病院は極めて少なく,医師は移動中や会議中でも指示出しや画像確認が可能となり,看護師はベッドサイドで記録を直接入力できるようになったことで,業務の効率と質が大幅に向上している。
また,スタットコール専用アプリ「FAST Message」(リード社)の導入により,緊急時の即時連絡体制が確立された。加えて,当直表と連携した電話帳機能も備え,夜間の対応においても迅速性が向上した。
さらに,院内設置のビーコンと連携した位置情報管理アプリ「Beacapp Here Hospital」(ビーキャップ社)により,医療機器の所在をリアルタイムで把握可能となった。今後は,徘徊防止や感染症発生時の職員サーベイ,さらには患者向け院内ナビゲーションへの応用も視野に入れている。
Microsoft 365の活用も進展しており,Teamsによるチャットやビデオ会議の活用により,業務連絡の効率化が図られている。さらに,AIアシスタントCopilotによる診療に関わる文書以外の要約や作成支援の導入も進行中であり,医療DXの一層の進展が見込まれる。
病院業務におけるスマートデバイスの包括的活用
本構想の特徴は,診療・看護業務の範囲にとどまらず,人事・労務管理,機器管理,教育,患者支援に至るまで,病院の業務全体へスマートデバイスの活用を拡張した点にある。
たとえば,「SmartHR」(SmartHR社)および「TimePro-VG」(アマノ社)の導入により,給与明細の閲覧,年末調整などの申請手続き,出退勤管理などがiPhone上で完結可能となった。
教育分野においては,e-Learning環境を整備し,職員がスマートフォンから研修や講義動画へ随時アクセス可能な体制を構築した。これにより教育機会の拡充および自律的学習支援が可能となっている。
加えて,モバイル電話帳「ProgOffice Enterprise」(NTTテクノクロス社),印刷・スキャン管理「KYOCERA Mobile Print」(京セラドキュメントソリューションズ社),物品・資産管理「Convi.BASE Pocket」(コンビベース社)などの業務支援系アプリを導入し,バックオフィス業務のスマート化を推進している。
また,患者支援の一環として通院支援アプリ「wellcne」(プラスメディ社)を提供しており,患者は自身のスマートフォンから受診スケジュールや検査結果の確認,診察費の後払い手続きが可能となった。これにより,病院滞在時間の短縮と患者満足度の向上を期待している。
今後の展望:スマート化を超えて,次のステージへ
本構想は,医療現場が抱える課題に対し,現実的かつ持続的な解決を図るとともに,将来に向けた医療の質向上と業務の変革を見据えて策定されたものである。
「スマートホスピタル」の実現にとどまらず,さらに進化した“次世代医療の姿”を見据えて進めている。
第1に,生成AIを活用した医療文書作成支援システムの導入が挙げられる。診療録や退院サマリの要約・作成支援を目的とした生成AIの活用は,医療従事者の記録業務負担軽減に寄与することを期待している。
第2に,PHR基盤である「医療情報銀行」の導入により,患者が自らの診療情報を主体的に管理・活用できる環境を整備した。さらに,「FAROme」(プラスメディ社)アプリと連携することにより,日常の体調や服薬状況といったライフログと診療情報の統合的活用が可能となり,patient journeyに寄り添った個別最適化された医療の実現が視野に入ってきている。
第3に,情報セキュリティ面の強化としてMicrosoft Intuneおよびゼロトラストセキュリティアーキテクチャを導入することで,情報漏えいリスクを最小限に抑えつつ,柔軟かつ安全な業務環境の構築を推進している。
まとめ
これらの取り組みは,単なる1施設における先進的実践にとどまらず,他の医療機関にも展開可能な汎用性の高いモデルとしての意義を有する。
特に,現場起点で構築された医療DXは,理論先行型ではなく,現実的課題の解決を重視したアプローチであり,全国の医療機関におけるDX推進の実践的指針となる可能性がある。
大阪けいさつ病院のスマートホスピタル構想は,最先端技術に依存することなく,既存技術を統合的に活用することにより,医療現場の変革を実現し得ることを示す実例である。
当院は,2025年の大阪・関西万博開幕と同時期に開院した新病院として,今後の医療における“新たなスタンダード”となることを目指している。将来的には,本構想に基づく取り組みが全国に展開され,モバイルヘルスの標準モデルとして定着することを期待している。
(やまもと つよし)
1995年,大阪警察病院放射線技術科に入職。以後,診療放射線技師として勤務した後,2016年より国立循環器病研究センター医療情報部に所属し,医療情報の運用管理に従事した。2022年に大阪警察病院へ再入職し,2024年7月より社会医療法人大阪国際メディカル&サイエンスセンター法人事務局医療情報部次長,大阪けいさつ病院事務部医療情報部門次長を務めている。診療放射線技師としての臨床経験を基盤に,医療情報部門における企画・運用管理を専門とするキャリアを築いている。