タブレットPCを活用したNICU部門システムの概要と将来的展望
網塚 貴介(青森県立中央病院 総合周産期母子医療センター成育科,医療情報部)
2017-7-3
医療や介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第5回は,青森県立中央病院の網塚貴介氏が,NICUでのタブレットPC使用経験を報告する。
はじめに
当院NICUでは2006年10月より院内全体が電子カルテ化されたのに伴い,NICU部門システムを独自に開発し導入した。本稿ではその概要を紹介し,今後の展望に関しても述べてみたい。
当院NICU部門システムの特徴
1.NICU部門システム導入の背景と開発コンセプト
2006年に導入された大手ベンダー企業による当院の電子カルテシステムは,NICUにおける使用にさまざまな制約があり,特に医療安全面で大きな問題があることからNICUの業務に特化した部門システムの導入が必要と判断した。
NICU部門システムの専用端末には開発当時はまだ一般的ではなかったタブレットPCを用いた。NICUでは指示内容が複雑であることから一覧性の向上には画面表示上,縦方向の情報量が必要となる(図1)。ノートPCでは縦方向の情報量が不足し,通常のデスクトップPCのモニタでは場所を取りすぎてしまう。タブレットPCは一覧性の向上と省スペースを両立させることができる点において優れている。
ソフトウエアはマイクロソフトのInternet Explorerを使用しており,特殊なソフトウエアはインストール不要で,比較的安価なシステム構築も可能となっている。
2.医療安全機能
当院のNICU部門システムは,その導入経緯からも医療安全機能を最重要視している。医療安全機能は,(1) 患者認証機能,(2) 指示入力支援および制限機能,(3) そのほかの機能から構成される。
患者認証機能では注射・処方のみならず,コストに反映されない母乳にもバーコードによる個人認証を可能とした。
1)患者認証機能
NICUではタブレットPCが患者と1対1で配置されている(図2a)。医師の指示はリアルタイムにタブレットPCに反映され,担当看護師はその指示内容を確認する。点滴・注射を行う際には,(1) 看護師がタブレットPCからラベル印刷,(2) 点滴コーナーのタブレットPCでそのラベルをバーコードリーダで読み込むと,当該患者の指示画面が表示される,(3) 看護師は画面を見ながら点滴調製を行う(図2b),(4) 作成された点滴・注射は患者への投与直前に担当看護師が自分自身のスタッフバーコードを読み込むことでログインした上で,ラベルも認証し実施される(図3)。この一連の動きにより,看護スタッフ,患者,薬剤の3点認証が行われる。
処方も母乳を含む栄養も,ほぼ同様の動きで認証される。特に,母乳間違いは,感染面での問題に加えて母親の心情的なダメージにもつながることから注意が必要である。母乳の調乳に際しては,バーコードの貼付された空瓶が栄養課から払い出され,患者認証が可能である(図4)。
さらに近年,調乳室における空瓶と母乳パックの照合間違いを回避するため,母乳パックと空瓶両者を照合するためのシステムも開発した。従来,1種類であった栄養用のバーコードを母乳パック用バーコードと哺乳瓶用バーコードの2種類とし,あらかじめ母親に母乳パック用バーコードを渡しておき,すべての母乳持参時にはバーコードが貼付された状態にしておくことによって,両者のバーコードを調乳室のタブレットPCにより照合し(図5),従来の目視によるリスクの軽減が期待される。
2)指示入力支援および制限機能(図6)
NICUではきめ細やかな指示の記載が必要な一方で,薬剤の過量投与などは重大な影響を与えることも多いため,研修医が入力しても“間違えようのない”仕組みも必要である。NICU部門システムは,このジレンマの解決にも大きな役割を果たしている。
当院のNICU部門システムでは,入力支援機能としては例えば,ニトログリセリンには専用の非吸着チューブと遮光の必要もあるが,マスター登録によって自動入力させることが可能である。さらに静注薬や循環作動薬などの投与量は体重当たりで自動計算されるので,それを参考にした指示入力が可能である。
一方,指示入力制限機能としては,(1) 上述の自動計算機能に付随した極量チェック機能,(2) 注射薬の配合禁忌チェック機能(同一シリンジ内だけではなく別シリンジから同一ルートで合流時にもチェック可能)などの機能を備えている。
3)未実施指示アラート機能
予定時刻になっても未実施の指示がある場合には指示が赤い点滅で警告し,1画面内に指示が入り切らない場合には未実施指示の存在を画面上部で警告する。
3.診療援助機能
看護師の記録では入力の省力化を図るため,定型業務の記録はあらかじめ作成されたバーコード一覧からバーコードリーダによる記録を多用している。ちなみに,これは“コンビニおでん”の会計からヒントを得ている。
また,NICUでは早産児が無呼吸に陥りやすく,その回数や程度の記録が紙媒体以外ではなかなか実現困難であった。当院のNICU部門システムでは,無呼吸の程度について,酸素飽和度低下のみ,心拍数低下のみ,両者の低下と,回復が自力なのか刺激を要したかの組み合わせがバーコード集に記載されており,それを1回読み込めばその時間帯の回数がカウントされていくという仕組みを構築した(図7)。
このほか,感染症の区分けを患者一覧画面で色別表示できるようになっており,患者一覧画面を見るだけでMRSA保菌者も一目で把握が可能となっている。
将来的な可能性
本システム導入以降,患者間違いは母乳間違いも含めほぼ根絶され,そのほかの患者間違いも皆無となった一方,医療機器の設定ミスの比率が相対的に高くなり,特にシリンジポンプの流量設定間違いが問題となっている。「点滴速度は本当に指示と設定が合っているのか?」という,哲学的とも言える課題が今なお大きく立ちはだかっている。現時点では設定流量を手入力することによる確認(図3)とダブルチェックによって対処しているが,“人の目”による確認の精度には限界があり,“機械の目(=バーコードリーダ)”によって確認するシステムが望まれる。
そこで,外部通信機能を有するシリンジポンプからリアルタイムの流量設定値を液晶にQRコードとして表示させ,QRコードリーダで読み込み可能な情報に変換することにより,この情報をNICU部門システム内に取り込み,指示内容と一致しているか否かをチェックさせるシステムを試作した(図8)。
今後こうした医療情報システムが医療機器との連携強化を進めることによって,より安全な医療の提供と,また働く者にとっての安心につながっていくことが期待される。
まとめ
新生児医療において,患者は医療機関を選ぶことができない。こうした部門システムを導入しているか否かによって提供しうる医療の安全性において,施設間格差が生じている可能性もあり,少なくとも成人領域において一般化されている処方量の極量チェックや患者認証などのリスクマネジメント機能は新生児領域においても必須条件とされるべきであろう。医療情報が電子化されている今日だからこそ可能であるはずの医療安全機能が,今後,新生児医療領域においても一般化され,さらにはこうしたシステムの普及が全国の新生児医療水準向上にも寄与することが期待される。
(あみづか たかすけ)
1988年札幌医科大学卒業。浦河赤十字病院などを経て,2000年から青森県立中央病院勤務。2004年に総合周産期母子医療センター開設に伴い新生児科部長。2012年から医療情報部次長を兼務。2016年からは成育科部長となる。
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