地域の医療機関とともに県全域をカバーするサステナブルなスマートホスピタルを推進し三重県が抱える医療の課題を解決していく
佐久閒 肇 氏(三重大学医学部附属病院 病院長,三重大学 理事・副学長)
2025-7-1

三重大学は,2022年度に教育,研究,社会貢献,医療分野の4分野における今後の活動目標となる「三重大学ビジョン2030」に策定し,医療分野では,「先端医療の実施と医療人育成による地域医療の発展」を目標としている。ビジョン2030では医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を重点的課題としており,(1) 地域全体でのPHR(Personal Health Record)の推進,(2) 遠隔医療とAI活用の推進,(3) クラウド型の県域紹介・逆紹介システムによる医療画像を含む県全体のスマートホスピタル化に取り組んでいる。これらの施策により,医師の地域偏在と診療科偏在などを含む,地域が抱える医療課題の解決に取り組んでいる。
三重県の地域医療を維持するために医療DXを推進
三重大学の放射線科では,地元企業と連携して遠隔画像診断ネットワークを開発して,20年以上にわたって県内全域の医療機関を専用線で接続し遠隔画像診断を提供してきました。本ネットワークはイニシャルコストとランニングコストが抑えられており,参加医療機関の経費負担が低いため事業継続性が高く,県域の遠隔画像診断に広く活用されています。また,附属病院と市内全救急病院を結ぶ救急画像転送システムを三重大学と地元企業が十数年前に構築し,市内の二次輪番病院で撮影された救急CT・MRIを直ちに共有して二次救急に役立てています。また,2010年から,三重大学医学部附属病院内の「三重医療安心ネットワーク」事務局が中心となって,ID-Linkによる県内医療機関の診療情報を共有する「三重医療安心ネットワーク」を開始し,県内の情報開示病院と医療機関との連携を推進しており,現在では医療情報開示病院は17施設,参加医療機関は約360施設に拡大しています。
このように三重県では三重大学医学部附属病院を中心とした,デジタルヘルスによる地域医療の支援が以前から行われ,効果を上げてきました。しかし,三重県南部や伊賀・名張地域などにおける人口減少と医師の地域偏在と診療科偏在によって,二次医療圏内では医療を完結できない状況がますます深刻化するものと予想されています。三重医療安心ネットワークは,二次医療圏の医療情報開示病院を中心として「ハブ&スポーク方式」で参加医療機関に診療情報を公開するものであり,医療圏を越えた連携や,CT・MRI画像の転送・表示には十分な対応ができず,地域医療を取り巻く環境の急速変化に対応できなくなってきました。
三重大学は附属病院が「最後の砦」として高度医療を担い,さらに卒前・卒後の教育機関として地域から必要とされる医師や看護師などの医療人を育成する使命があります。今後,県南部を中心に人口減少がさらに進んでいくことが予測されており,今後10年間で医療機関の撤退や統合が行われてまいります。その中で地域医療の質と機能を維持していくためには,旧来のシステムを刷新し「新しい時代の医療DX」を推進してゆくことが不可欠です。
こうした背景のもと,三重大学では2022年度に策定した「三重大学ビジョン2030」の中で,「先端医療の実施と医療人育成による地域医療の発展」を掲げ,三重医療DX(MUDX)を推進することとしました。その実現に向けて,三重大学本部の地域共創展開センター内に三重医療DXプロジェクトを立ち上げるとともに,伊藤正明学長が中心となり「三重大学みえの未来医療会議」を設置して,県内医療機関や医師会等関係団体,自治体,企業とともに,医療DXによる地域の医療問題の解決に取り組んでいます。
MUDXの施策としてPHR,スマートホスピタル,遠隔医療を推進
現在,医療DX推進による患者中心の「社会との共創」の実現に向けて,(1) 地域全体でのPHRの推進,(2) 県全域のスマートホスピタル化,(3) D to D遠隔医療の推進を行っています。
医療DXを推進するためには,大学病院よりも患者さんやクリニックとの距離が近い地域の臨床病院をモデル病院として,医療DXに関する課題の把握と解決や,新技術の検証を行うことが効果的と考えられます。このため,三重大学医学部附属病院と桑名市総合医療センターが連携して医療DXに関する地域拠点サテライトプロジェクトを開始しました。最初の医療DXプロジェクトとして,2023年3月より桑名市医療センターにおいてPHRの利用を開始し,三重大学医学部附属病院でも2024年3月にPHRを導入し現在運用中です。また,厚生連鈴鹿中央病院や松阪中央病院,伊勢赤十字病院などの三重大学の関係病院が導入の準備を進めており,電子カルテの更新などに合わせて順次稼働する予定です。PHRとして「NOBORI」(PSP)を用いており,電子カルテと連携して血液検査結果,CT・MRIなどの画像,処方内容,健診データなどをスマートフォンから患者自身が見られるようして,自身の健康管理に役立てることができます。また,患者さんにとって病院は楽しい場所ではなく早く帰りたいところですので,診察や検査が終わればすぐに帰宅できるようにクレジットカードによる医療費の後払いにも力を入れており,事務の効率化にも繋げてゆきたいと考えています。「NOBORI」は汎用のPHRですが,三重大学ではスマートフォン心不全手帳アプリ「ハートサイン」を用いた心不全患者の診療支援にも取り組んでおり,日々の血圧・脈拍・体重・症状などのデータに基づいて心不全の増悪リスクを判定し,心不全増悪リスクが高い患者さんに対しては早期受診を促し,医療者に対しても質の高い診療支援を提供することを目指しています。
次に,県全域のスマートホスピタル化についてですが,三重県の人口動態や各二次医療圏における医師の診療科偏在や地域偏在などの医療提供体制の問題を考えると,二次医療圏内で地域医療連携や救急医療を完結させるのは困難であり,医療圏を越えて患者さんの紹介が行われたり,救急搬送が必要となるケースが増えると予想されます。従来,紹介状や検査画像を紹介先の病院に伝えるには,FAXやCD-Rなどの物理媒体が用いられ,紹介先の医師が患者さんを診察するまでに,CD-Rから画像を読み取ってPACSサーバに送るまでかなりの時間を要していました。このような状況を踏まえて,患者さんが同意した範囲内で,県内のどの医療機関でも紹介状と画像を含む検査データを共有できるシステムを整備することとしました。このシステムでは,紙の紹介状や診療情報提供書,FAXの送受信,CD・DVDなどのメディアを廃止して,クラウド環境で速やかな情報共有・連携が可能になり,転送されるCT・MRIなどの画像についても,紹介元の病院のIDから紹介先の病院のIDに自動変換されて紹介先病院のPACSに送られます。この事業は「県内病院間のシームレスな医療情報連携に向けた医療DX基盤の整備」として三重県の地域医療介護総合確保基金で実施されるもので,2025年には県内の複数の医療機関の間でシステムの構築と実証運用を開始する予定です。
遠隔医療の推進についてはすでにお話しした通り,三重大学医学部附属病院の放射線科が,遠隔画像診断会社に依存しない独自の県域画像ネットワークで遠隔画像診断を行っており,放射線科医が常勤していない施設を中心に,D to Dでの遠隔医療で県全域をカバーしてきました。MUDXプロジェクトでは,遠隔内視鏡システムによるD to D遠隔医療を開始しています。本システムでは,三重大学医学部附属病院と県南端の南牟婁郡御浜町にある紀南病院をオンラインで接続し,リアルタイムで内視鏡映像を共有して,診断や手技を支援するものです。紀南病院にいる経験の浅い医師が,三重大学医学部附属病院の消化器内科医のサポートを受けながら,診断や手技を進めることで,内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)など高度な診療を提供することが可能となります。また,MUDXでは遠隔ERシステムの開発も進めています。このシステムでは,三重大学医学部附属病院と松阪中央病院・永井病院を専用回線で接続し,大学病院から両院のERの室内や生体モニター,超音波などの映像,リモート操作が可能な電子カルテで患者の容体を詳細に確認して,医療支援ができるようになります。私たちは,「三重大学ビジョン2030」の中で,医師の地域偏在や診療科偏在を重要な課題と捉え,その解決を目標としています。これらのようなD to Dでの遠隔医療の取り組みにより,三重大学を卒業した地域枠医師が安心して医師不足地域での医療に従事できるようにして,地域医療の質の向上を図っていきたいと考えています。
医療DXを推進して医療の質の向上と効率化に役立ててゆくためには,医療現場のニーズを熟知した実践的な人材育成が欠かせません。三重大学ではリカレント教育に力を入れていますが,医療従事者や企業技術者を対象に,医療DXの基礎から応用までを学べるオンライン教育コンテンツの整備を現在進めています。2025年度には三重大学・リカレント教育センターの人材育成プログラムとして公開を予定しておりますので,全国の医療DXに関わるみなさんにご利用いただければと思います。
サステナブルなスマートホスピタルを通じて「社会との共創」を進める
MUDXに向けたこれらの取り組みは,国が進めている医療DX施策と歩調を合わせて,整合性をとることを最大限考慮して展開しています。三重大学医学部附属病院では,大学病院としては最初に電子処方箋に対応したほか,電子カルテ情報共有サービスのモデル事業にも参画しています。2025年9月に三重大学病院の電子カルテ(IBM)と電子カルテ情報共有サービスの接続を行うことを目標に,急ピッチで準備を進めています。
現在,医療機関は公立・公的・民間病院を問わず,人件費や物価上昇の影響を強く受けて,大変厳しい経営環境に置かれています。最近,電子カルテ導入費用の高騰が大きな問題となっていますが,医療DXシステムの導入や院内情報システムとの接続にもかなりの費用が必要です。機器更新時の費用が高額で事業を続けられないこともまれではなく,当院においても数年前,県内医療機関を結ぶID-Linkサーバの更新費用が1億を超えることがわかり,更新を断念しています。MUDXを推進するにあたっても,継続して運用できるようにコスト意識を持ってシステムを構築することが求められており,次世代医療DX・地域医療連携システムについても低予算で開発し,維持費を抑えることに注力しています。今後は,三重大学医学部附属病院と県内の関係病院が「自走」できるサステナブルな医療DXを推進し,「社会との共創」を実現したいと考えています。
(さくま はじめ)
1985年三重大学医学部卒業。同大学医学部附属病院放射線科,福井医科大学(現・福井大学)医学部附属病院放射線科を経て,カリフォルニア大学サンフランシスコ校に留学。96年に三重大学医学部附属病院放射線科助手となり,講師,助教授を経て,2012年に教授。同病院の副病院長,副学長,副理事を歴任し,2024年から理事,2025年から病院長を務める。