FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
Case 42 豊田地域医療センター 身体機能や認知機能をトータルで把握するユニークな「サフロ健診」のデータ管理をClaris FileMakerプラットフォームでローコード開発
超高齢社会,人口減少社会が急速に進む中で,地域の医療・介護・福祉の提供体制にも新たな取り組みが求められている。愛知県豊田市の豊田地域医療センターでは,“サフロ健診”という耳慣れない名称の健診サービスがスタートした。“サフロ”とはサルコペニア,フレイル,ロコモティブシンドロームの頭文字を取った造語で,筋肉量の測定,立ち上がりテストや歩行分析による身体機能の計測,認知機能検査で,加齢に伴う心身の変化をトータルにチェックするものだ。検査結果に基づき医師がアドバイスし,受診者の行動変容や早期の医療や介護の介入につなげることで,健康に生活できる期間(健康寿命)の延伸をめざしている。このサフロ健診で発生するさまざまなデータの記録,管理にClaris FileMakerプラットフォームで開発されたシステムが活用されている。サフロ健診のねらいとデータ活用について,リハビリテーション科医師で藤田医科大学医学部ロボット技術活用地域リハビリ医学寄附講座教授の太田喜久夫氏と,リハビリテーションセンター科長補佐の和田陽介氏に取材した。
●医療・介護・福祉をつなぐ“コミュニティ・ホスピタル”としてリニューアル
サフロ健診コーナーは,豊田地域医療センターの「地域リハ イノベーションセンター」内に設置され,2021年11月からスタートした。豊田地域医療センターは,設立40周年を機に病院の再整備事業を進め,地域包括ケアシステムの一翼を担う施設として,在宅医療,リハビリテーション,アレルギー,健康づくりから人・まちづくりまで,地域をシームレスにつなぐ“コミュニティ・ホスピタル”としてリニューアルした。2020年12月に診療棟(新棟)がオープン,2021年6月に健診センターなどが入る健診棟(旧南棟)がリニューアル,同年11月にコミュニティプラザ(旧西棟)がオープンした。病院に併設する形で地域をつなぐ施設として開設されたコミュニティプラザにオープンしたのが地域リハ イノベーションセンターだ。地域リハ イノベーションセンターには,サフロ健診コーナーのほか,電動カートや車いすなど各企業のモビリティ製品を展示する“モビリティトライアルルーム”,介護・福祉向けのロボットなどを展示する“ロボティックスマートルーム”が設けられている(コラム参照 )。
●“サ”ルコペニア,“フ”レイル,“ロ”コモを対象にした“サフロ”健診をスタート
サフロ健診について太田氏は,「健康寿命を伸ばすには,個人のライフステージに合った適切なアプローチが必要です。働き盛りの年代にはメタボ健診がありますが,フレイルやサルコペニアといった加齢による変化は,いつの間にか進んでいて気がつくきっかけがありません。サフロ健診では,筋肉量や認知機能など加齢変化に関する検査をトータルで提供し,自覚を促すきっかけや運動習慣や社会活動への参加など行動変容のための適切な介入に結びつけることがねらいです」と説明する。
サルコペニアは,加齢や疾患などで筋肉量が減少して筋力や身体機能が低下した状態を指す。1989年にアメリカのローゼンバーグが提唱し,2014年に日本人を含むアジア人の体格に対応する診断基準(AWGS)が発表された。筋力が低下することで日常生活の動作に影響が出たり,転倒や疾患の重症化などにもつながる。ロコモティブシンドローム(運動器症候群,ロコモ)は,“運動器の障害のために移動機能の低下を来した状態”のことを表し,2007年に日本整形外科学会が提唱した。検査の結果からロコモ度1〜3の段階で判定する。フレイルは,加齢により心身が衰えた状態で 2014年に日本老年医学会によって提唱された。生活機能が障害されているが,適切な介入や支援によって生活機能の維持向上が可能な状態とされ,健康な状態と要介護の中間と位置づけられる。フレイルには体重減少や筋力低下などの身体的な変化だけでなく,気力の低下などの精神的な変化,閉じこもりなどの社会的なものも含まれる。太田氏は,「サフロ健診では,この3つを総合的に判断できるような検査を提供していますが,国際的な指標(データ)が出ているサルコペニアの項目を中心に,ロコモ度や認知機能の検査項目を加えて判断しています」と述べる。
●体成分,運動機能から認知機能までトータルな健診を実施
サフロ健診は,“おおよそ50歳以上で歩行可能な方”“運動能力や心身機能の健康状態確認を希望される方”を対象にして,次のような検査を行う。
・体成分分析測定(体成分分析器「ACCUNIQ」),握力測定
骨格筋量を身長の2乗で割ったSMIを算出(基準値:男性7.0kg/m2以上,女性5.7kg/m2以上が正常)。握力は男性28kg以上,女性18kg以上が正常とされる。サルコペニアの診断基準の1つ。
・6m歩行速度
・歩行・姿勢分析
6mの距離を歩くスピードや姿勢などを記録する。歩行や姿勢の分析には,「AYUMiEYE」(早稲田エルダリーヘルス事業団)を使用。
・立ち上がりテスト
40cm,30cm,20cmの台から両脚,片脚で立ち上がり3秒静止できるかをテストする。
・2ステップテスト
両足のつま先を合わせた状態から,できるだけ大股で2歩歩いた歩幅を計測。2回行い良かった方の結果を採用し,2歩幅(cm)÷身長(cm)=2ステップ値を算出。
・ロコモ25
身体の状態や生活状況に関する25の質問に回答しロコモ度を測定する。iPadでスタッフが聞き取り入力する。
・認知機能検査
認知機能のチェックやトレーニングを行う脳体力トレーナー「CogEvo」を使って計測する。
検査終了後には,リハビリテーション専門医(現在は太田氏が担当)による結果説明が受けられる。検査時間は医師の説明を含めて約90分。健診費用は3000円(税込)。
太田氏は加齢による運動機能の低下について,「筋肉には,瞬発力ある動きに使われる白筋と,日常生活の持続的な動きに使われる赤筋がありますが,年を取って瞬発力を使う運動をしなくなると白筋の運動機能に関係する脊髄の前角細胞が働かなくなります。それによって大きな筋原繊維の白筋が一気に衰えることにつながります。それがサルコペニアにつながることから,筋トレをするだけでなくジャンプするとか,竹刀を振るといった一瞬で素早い動きをする運動で瞬発力を鍛えることが重要です。それによって前角細胞を活性化して大きな筋肉を維持することが可能です。サフロ健診では結果の説明と同時に,そのようなアドバイスをしています」と述べる。
●iPadを活用したデータ入力・管理のシステムをFileMakerで構築
サフロ健診で発生するデータの入力には,FileMakerプラットフォームとiPadを使ったシステムが活用されている。システム構築は,三重県のClarisパートナーである(株)トーチ(代表取締役:朝倉克彦氏)が担当した。ほかに地域リハ イノベーションセンターの来訪者アンケートの入力システムもiPadで構築されている。
サフロ健診のデータ管理システムは,サーバ(Claris FileMaker Server)とPCで構成され,データの入力にはiPadとFileMaker Goを使用している。予約管理,各項目のデータ入力,検査結果レポートの表示・出力などの機能を提供する。検査結果やロコモ25の設問項目などの入力は受診者に付き添ってスタッフが入力している。運用について和田氏は,「病院で行っていたサフロ関係の検査では紙に記入して転記していたので,iPadを使ってその場で入力できるので負担はだいぶ少なくなりました」と述べる。サフロ健診のレポートはすべての検査項目の結果を3枚のレポートに出力する。和田氏は,「検査終了後すぐに医師からの説明がありますが,iPadでデータを入力しているのですぐに出力できて助かっています。レポートもグラフ表示を含めて,受診者にわかりやすく提示できています」と説明する。
藤田医科大学のリハビリテーション部門では,以前からリハビリのデータや記録をFileMakerで構築したシステムで入力してきた。今回のサフロ健診のシステム化に当たっても,ローコードで自由度が高い構築が可能なFileMakerの柔軟性が評価されたという。和田氏は,「大学のリハビリ部門では,1998年頃からリハビリテーションに関するデータベースをFileMakerで構築していました。まだ,電子カルテも導入されていない時代でしたが,多種多様な入力項目があるリハビリのデータを効率良く管理するためにFileMakerが活用されていたことが,今回のサフロ健診のデータ管理システムにつながったと思います」と述べる。データベースの必要性について太田氏は,「サフロ健診は,1回だけでなく継続して受けていただくことで,自身の状態を理解して行動変容や予防につなげてもらうことが第一です。そのためにデータをしっかりと管理して経過を把握できることが必要でデータベースは重要です」と述べる。
和田氏はFileMakerでのシステム構築のメリットについて,「こちらからの要望を柔軟にシステムに反映できます。サフロ健診は始まったばかりで実際にスタートして検査が始まってみないとわからない部分もあり,稼働後も修正をお願いしていますが,迅速に対応していただいています。検査や項目を追加したり変更したりすることも多く,FileMakerのローコードでアジャイルな対応が可能なところは助かっています」と述べる。
■Claris FileMakerプラットフォームによるサフロ健診データ管理システム
●データに基づいた早期介入によって“幸福寿命”を伸ばし明るく元気なまちづくりに貢献
和田氏はサフロ健診について,「専門医,理学療法士,作業療法士がかかわり,体成分から運動機能,認知機能の検査までをパッケージで提供する取り組みはまだ少ないと思います。実際にサフロ健診を受けた受診者の中で,病院の受診につながったケースもあります。サフロ健診を受けなければ症状が出てから病院にかかることになったと思われ,早期介入の効果を感じています」と語る。
豊田市では,新しい官民連携の仕組みであるSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)を活用した介護予防の取り組みとして,「ずっと元気!プロジェクト」を展開している。社会参加やコミュニケーションをキーワードにした高齢者の介護予防のサービスを提供する企業などに,その成果に応じた報酬を支払う仕組みで,現在48のプログラムが提供されている。太田氏は、「企業が提供する事業の参加者にサフロ健診を受けていただくことで,介護予防サービスの効果や成果を判断する基準になることも期待できます。将来的には出張サフロ健診のように地域に出ていって,より多くの方に受診いただけるようなサービスにできるといいと考えています」と語る。
サフロ健診や介護や在宅ケアへのロボット技術の活用など,豊田市で進む新しい地域リハビリテーションの今後の展開が期待される。
COLUMN●地域リハ イノベーションセンター
介護ロボットや移動用機器など最新技術を展示,体感できるスペースを提供
地域リハ イノベーションセンターは,地域リハビリテーションの発展に寄与するロボットやITを活用した先進の介護機器などを展示し,企業や地域住民,医療従事者,行政が連携することで新たなイノベーションを促進する場としての役割を担っている。病院とは別棟となるコミュニティプラザ1階に入る同センターのフロアには,サフロ健診コーナーのほかロボティックスマートルーム,モビリティトライアルルームが設けられ,地域住民や企業関係者などが訪れ,見学や試乗,体験ができるようになっている。
【ロボティックスマートルーム】
自宅を模したスペースに介護用ベッドや移乗用リフト,寄り添いロボットなど20を超える介護機器やシステムが展示されており,生活空間に近い環境で介護機器が試用できる。
【モビリティトライアルルーム】
移動が困難な人でも生活範囲を広げることができる電動カートや歩行トレーニングロボットなど,開発中の製品を含めて先進のモビリティを展示し,こちらも実際に乗って体験することができる。
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