FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.47
院長 塩之谷 香 氏
Case 44 愛知県豊橋市 塩之谷整形外科 「足と靴」「爪」に特化した外来のカルテをClaris FileMaker CloudとiPadで構築,きめの細かい診療に活用
塩之谷 香氏は,愛知県豊橋市で塩之谷整形外科の院長として「足と靴」「爪(巻き爪,陥入爪)」に対する専門的な治療を行っている。足の外科の専門医として各種学会やメディアなどでも精力的に活動しており,足のトラブルや巻き爪に悩む患者が遠方から訪れることも珍しくない。一方で塩之谷院長は,自身の患者のカルテや症例データベースをClaris FileMakerで自作してきた筋金入りのFileMakerユーザーでもある。2019年からはClaris FileMaker Cloudを導入し,25年来使い続けてきた専門外来のデータベースに加え,新たに巻き爪診療用のカルテ(巻き爪カルテ)を構築した。日本では数少ない足と靴に特化した診療に取り組むことになった経緯や,FileMakerでのシステム運用について取材した。
整形外科専門クリニックとして1972年に開業
同院は,先代の塩之谷 昌氏が1972年に開業した。当時はまだ東三河地区(豊橋市,豊川市,蒲郡市,新城市,田原市など5市3町村で構成)には整形外科が少なく,骨折などの外傷から腰痛などの慢性疾患までを診療するかかりつけ医として地域を支えてきた。早くからオープン型MRIや膝の関節鏡を導入するなど,最新の医療技術も積極的に取り入れた。昌氏は,農業従事者に多い手指のしびれや痛みを主訴とする症状を手根管症候群と診断し,いち早く学会で発表するなど地域住民のための医療に力を注いだ。そういった診療実績はもちろんだが,同院の最大の特色は,看護師をはじめ医院の歴史とともに歩んできたベテランのスタッフが多くアットホームな雰囲気で,地域で信頼され愛されていることだ。2018年に昌氏の跡を継いで香氏が院長に就任,現在は塩之谷院長と市川義明副院長の2名で外来診療を行っている。
足と靴に特化した専門診療,巻き爪治療の専門外来を展開
塩之谷院長は,通常の整形外科の外来に加えて足と靴,巻き爪を対象にした専門診療を行っている。もともと手の外科を専門としていたが,たまたま訪れたドイツで触れた靴医学に感銘を受け,足・靴に専門を変更した。塩之谷院長は,「ドイツでは大人から子どもまでみんながしっかりした靴を履いていて,足元を大事にする習慣が根づいていることに驚きました。日本に帰ってから,ドイツの靴医学に興味を持って学ぶなかで,歩けなかった子どもが靴の処方で立って歩けるようになったシーンを目の当たりにして,靴の重要さを実感すると同時に整形外科医として足と靴の診療に取り組むことを決めました」と述べる。
【足と靴の外来】
足のトラブルは外反母趾や関節痛,うおのめ,たこなどさまざまだが,靴が合っていない,履き方が悪いなど靴が原因となっているケースが意外と多い。塩之谷院長は,「足の不調の原因は,履いている靴や履き方を見れば,だいたいわかります」と言う。外来では,普段履いている靴を持ってきてもらって履き方や靴の状態を見る。「そもそも靴が合っていなかったり,合っていても履くときに靴紐を締めないなど履き方が悪かったりして,それを矯正するだけでも状態は大きく変わりますし,適切な靴を選ぶことやインソール(中敷き)を使うことでも症状は改善します」(塩之谷院長)。同院では,義肢装具士や専門の靴店などと連携したインソールの製作,靴のフィッティングなどを20年以上にわたって行っている。特に成長期の子どもの足のトラブルは靴が原因となっていることも多い。塩之谷院長は,「靴での生活の歴史が短い日本は,靴と足の健康に対する認識が低く,また整形外科医も足の病気と靴の関係に理解がないのも課題です」と言う。塩之谷院長は,“小児靴学”として教育や知識の標準化をめざす「日独小児靴学研究会(Japan & Germany Children’s Shoe Science Study Group:JAGSS)
」を立ち上げ共同代表を務めているほか,子どもの足と靴の問題に関しては,日本フットケア・足病医学会「子供の足・靴改革ワーキンググループ」(塩之谷院長がリーダー)から,2023年春に『小児靴の手引き書』が発刊された。
【巻き爪外来】
巻き爪外来は,塩之谷院長の診察日に予約制を原則として診療しているが,多いときには1日50人以上が受診する。巻き爪について塩之谷院長は,「爪はもともと巻く性質を持っていて,通常は足の指を踏ん張ることで地面からの力がかかり平らに保たれています。巻き爪の治療では外科的に抜爪したり爪の端を切ったりする医師もいますが,新たに生えてくる爪も巻いてしまうため治療としては効果的ではありません。これに対して当院では超弾性ワイヤー(マチワイヤ)を使って爪を平らに固定して巻かないようにする治療を行っています」と説明する。マチワイヤを使った治療は巻き爪の両端にドリルで穴を開けてワイヤーを通すだけで終了する。
症例データベースにFileMakerを25年前から活用
塩之谷院長のFileMaker歴は長く,大学で博士号取得のための論文作成の際に症例データベースを構築したときから始まる。「手関節の関節鏡(内視鏡)に関する研究で博士号を取ったのですが,MR画像と造影所見などをデータベース化して,疾患や症状での検索や集計にFileMakerを活用していました」(塩之谷院長)と言う。その後,足と靴の患者データベース(足と靴カルテ)をFileMakerで自作し1997年から現在まで活用しており,その登録レコードは9500件を超える。FileMakerでのデータベース構築について塩之谷院長は,「足と靴の診療は,大学病院から始まって,自院のほかいろいろな医療機関で長期間にわたるため,さまざまな症例データを記録して管理することが重要でした。FileMakerでは,とにかく項目を作ればデータを入力でき,学会の発表など必要に応じてレイアウト作成したり集計したりなどアウトプットが簡単にできるのがメリットだと感じています」と述べる。
■Claris FileMaker Cloudで運用されている「巻き爪カルテ」
手書き入力もできる巻き爪カルテをFileMaker Cloudで構築
巻き爪の診療記録は,問診内容や足趾の状態を記載する独自フォーマットの紙カルテを作成して管理していた。マチワイヤを使った巻き爪の治療では爪を固定するワイヤーの選択がポイントになる。塩之谷院長は,「患者の爪の厚さや形,幅などによって適切なワイヤーの太さを選ぶことがコツです。ワイヤー装着後も爪の変化に合わせてワイヤーを取り替えますが,治療の経過や爪の変化を記載することが必要でした」と説明する。巻き爪カルテでは,左右の5趾(母趾,第2趾〜第5趾)を並べて記載し,治療の経過が一覧で把握できるレイアウトを採用した。
この紙の巻き爪カルテが5000件を超え管理が煩雑になったことから,2019年にClaris FileMaker Cloudを利用してFileMaker上で新たに巻き爪カルテを構築した。併せて従来の足と靴カルテもオンプレミスからクラウドの運用に変更した。塩之谷院長はFileMakerでの巻き爪カルテの構築について,「爪とワイヤーの状態を手書きで記載するシェーマも含めてシステム化したいと考えていました」と言う。そこで相談したのが,Clarisパートナーである(株)ワークスペース(本社:岐阜県下呂市)だ。同社代表取締役の岡田 匡氏とはランニング仲間で,岡田氏の足のトラブルを診察したのがきっかけで構築のサポートを依頼することになった。塩之谷院長は,「サポートを受けながら自作することも考えましたが,最終的に足と靴カルテの中に作っていたプロトタイプを基に新たに構築してもらいました」と経緯を説明する。
FileMaker Cloudで5000件の紙カルテをデジタル化
FileMakerの巻き爪カルテでは,患者情報,問診内容,左右の5趾が1画面で表示され,爪の状態についてはiPadとApple Pencilを使って手書きで書き込めるようにした。手書きシェーマは署名の機能を応用して開発した。院内ではMac(MacBook Pro)とiPad2台で運用し,それまでの約5000件の紙カルテのデータは,秘書の岡田温子さんがFileMakerへの登録を進めている。現在は,新患の場合,診察前の問診内容は患者や看護師が問診票(紙)に記入し,それを岡田さんが後で入力する。再診からは塩之谷院長がiPadで巻き爪カルテを確認して爪の状態を確認し,治療しながらiPadに直接書き込む。
FileMaker Cloudでの運用について塩之谷院長は,「足・靴や爪の治療は,長期間にわたって経過を見ながら治療することがほとんどです。現在は名古屋市内の複数の医療機関でも専門外来を行っていますが,長く診ている患者さんがそちらを受診されることもあります。出先の病院でも,自院と同じ環境で患者さんの経過を確認して診察できるのはFileMakerのおかげです」と言う。
同院の診療は紙カルテで行われているが,Macユーザーの塩之谷院長は,「電子カルテを導入するならMacベースで構築したい」と言う。専門外来のカルテだけでなく,クラウドとFileMakerのローコード開発によるシステムが同院の診療を支えていくことを期待したい。
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