第2回 医療現場のワークフロー変革セミナー 2019
2020年1月号
政策動向 セッション3
日本医学放射線学会が目指すICT医療改革 〜Japan Safe Radiology〜
待鳥 詔洋(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター国府台病院放射線科診療科長)
本講演では,放射線医学を取り巻く状況と,日本医学放射線学会が掲げる「Japan Safe Radiology」の施策について解説する。
POSシステムによる流通革命
戦後,日本の小売業は,大規模なチェーン展開,大量仕入れ,大量販売による「第一次流通革命」を起こした。その後,コンビニエンスストアが登場し「第二次流通革命」が起こる。その中心的な手法は,配送の効率化とPOS(point of sales:販売時点情報管理)システムであった。特にPOSシステムの導入は,流通を大きく変えた。
わが国の放射線医学の課題
昨今,医療のICT化は急速に進んでおり,種々のデータが記録・保存されている。一方で,医療機関や医療従事者は,これらの得られたデータを,コンビニエンスストアのように幅広く活用できているかというと,まだ十分とは言えないだろう。
2019年1月に開催されたダボス会議において,安倍晋三内閣総理大臣は,「データ駆動型社会」について言及し,さらに同年6月のG20でも,「大阪トラック」として,データの国際流通のための枠組を構築した。国がデータ駆動型社会へと舵を切る中で,われわれ医療従事者や放射線科医は,今後の医療データの在り方を真剣に考える必要がある。
わが国の画像診断の歴史を私的に分類した。Wilhelm C. RoentgenがX線を発見し,わが国の医療に登場するまでの黎明期,1909〜68年のX線写真・透視が中心だった第1期,1968〜93年のCTの発明による体内の詳細な画像化が可能となった第2期,1993〜2017年のDICOM規格およびPACSの普及によるフィルムレス化と,CTの多列化などによる情報が飛躍的に増加した第3期,2017年からの「Japan Safe Radiology」が提唱され,ビッグデータや人工知能(AI)を用いる放射線医学の新時代とも言うべき第4期である。戦後,高度経済成長を経験する中で,新たなモダリティが開発され,ICT化,ネットワーク化が進み,情報量は飛躍的に増大化した。一方で,技術や機器はコモディティ化しつつある。情報量を増やすだけの時代は終焉し,第4期においては,情報を統合・整理して,個別に解釈する時代が到来していると考える。
わが国は,CT・MRIの設置台数が多く,検査数と情報量が増加している一方で,放射線科診断専門医の数は不足しているとされている。また,昨今,画像診断報告書の確認不足による諸問題が発生しており,マスコミでも取り上げられた。これは情報量の飛躍的増加にマンパワーが追い付いていないことや,横断的な連携が不足していることが原因として考えられる。このため,医療情報を適切かつ効率的に処理するシステムが求められている。他方で,画像診断にかかわる医療費は増大していることや,日本学術会議が「CT検査による医療被ばくの低減に関する提言」を取りまとめるなど,医療安全についても厳しい対応が必要となってきている。
Japan Safe Radiology
そこで,日本医学放射線学会では,医療費の増大を抑制しつつ,医療安全・医療技術のさらなる向上と,放射線科診断専門医不足の対策を図るため,ICT化を推進し,ビッグデータやAIなどを利活用した医療の構造改革を実現することを目的に,「Japan Safe Radiology」という概念を提唱した。
Japan Safe Radiologyでは,画像診断の「装置」「オーダー」「撮影」「診断」各領域の安全性・効率性などを一気通貫で向上させるシステム構築を図ることとしている(図1)。具体的には,画像診断ナショナルデータベースである「Japan Medical Image Database(J-MID)」を構築して,装置や専門医の適正配置,CDSなどの適正使用,dose index registry(DIR)などによる被ばく管理,QIBAなどでの標準化,画像診断報告書の質の管理などを行い,これらをAI技術と併せて発展させていこうというものである。
J-MIDについては,日本医療研究開発機構(AMED)の研究事業として進めている。大学病院などからDICOM画像と画像診断報告書を収集してデータベース化し,AIなどの研究開発に利活用する(図2)。2019年度からは順天堂大学の青木茂樹教授が統括責任者となり,順天堂大学,東京大学,慶應義塾大学,京都大学,大阪大学,岡山大学,九州大学といった医療機関が参加し,国立情報学研究所(NII)がネットワークとクラウド,AIの基盤を担当している。また,日本医学放射線学会には日本医用画像人工知能研究会,医用画像人工知能委員会が創設され,AI技術の振興発展に向けた体制整備を行っている。AMEDは日本医学放射線学会だけではなく,日本病理学会や日本消化器内視鏡学会など5学会と連携してAIの研究開発を進めている。これらの学会のデータはNIIのクラウド基盤に送られており,全体として「Japan Excellence of Diagnostic Imaging(JEDI)」という連携体制がとられている。
AIを開発する際に必要なアノテーション情報を多施設で収集する際は,共通の仕様で収集する必要がある。今回,J-MIDでは,J-MID標準規格のアノテーション仕様を作成し,収集している。今後,このアノテーション仕様も公開予定となっている。
なお,2019年度からAMEDの支援を得て,パブリッククラウドでのデータ構築とAI研究開発支援のための研究を実施している。今回の知見を活かし,将来的には,パブリッククラウドでの運用も視野に入れている。
データは誰のものか
現在,日本医学放射線学会のみならず多くの学会,医療機関,研究機関等が,実際の医療で得られた情報,リアルワールドデータ(RWD)を収集しており,国の検討会などでもこのRWDをいかに二次利用するかが大きなテーマとなっているが,二次利用に当たっては,患者同意の問題が大きなハードルとなっている。
J-MIDに限らず,われわれ医療従事者がデータを収集し,利用する場合,それが患者の利益にならなければならないのは自明である。二次利用をしたいのであれば,患者が利益を得られることが前提である。一方で,医療情報が飛躍的に増大しコントロールしにくくなっているのは,患者側も同様であり,その情報を統合・整理し,患者自らが正しい医療情報にアクセスできるようにすることが求められている。今後,医療のビッグデータのシステム構築を行う際には,これら患者利益を前提とした仕組みが必要と考える。
まとめ
わが国がデータ駆動型社会に向けて舵を切る中,放射線医学も情報を統合・整理して,個別に解釈するという新たな時代を迎えた。日本医学放射線学会も,医療が抱える課題の解決に向け,Japan Safe Radiologyという概念を提唱し,J-MIDというデータベースを構築した。
放射線医学におけるデータ駆動型社会を推進し,患者・国民の利益を最大化することが日本医学放射線学会の使命であり,これらの推進に当たっては,患者の視点を重視することが最も重要である。
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