VARIAN RT REPORT

2025年9月号

人にやさしいがん医療を放射線治療を中心に No.29

乳がんに対するVMAT治療

小野 幸果(京都大学医学部附属病院放射線治療科)日戸 諒一(さいたま赤十字病院放射線治療科)

乳がんにおける強度変調回転放射線治療(VMAT)
小野幸果

乳がん術後に行われる放射線治療は,局所制御の向上に加え,遠隔再発の抑制および全生存率の改善にも寄与することが示されており,現在では標準治療として確立している1),2)。強度変調回転放射線治療(VMAT)は,回転照射によって短時間で高精度な線量分布を可能とし,乳房温存術後や全切除術後にも導入されており,腫瘍床や領域リンパ節に対して安全かつ精密な線量投与が可能となった。本稿では,乳がんにおけるVMATの有用性について,臨床的意義と応用例を最新のエビデンスと実臨床に基づいて概説する。

領域リンパ節照射(RNI)を含む術後放射線治療への適用

術後放射線治療において,領域リンパ節照射は再発高リスク乳がん症例における無病生存率(DFS)および全生存率(OS)の改善に寄与することが示されている2)。内胸リンパ節(IMN)照射については,Danish Breast Cancer Cooperative Group(DBCG)の前向き試験やKorean Radiation Oncology Group(KROG)08-06試験により有効性が報告され,『乳癌診療ガイドライン 2022年版』においても,腋窩リンパ節陽性の再発高リスク例に対し弱く推奨されている3)〜5)
従来の三次元原体照射(3D-CRT) では心肺への高線量が問題となっていたが,VMATによりIMNを含めた標的への十分な線量を確保しつつ,心臓および肺への中~高線量を低減できる。
もう一つのVMATの利点は,同時ブースト(SIB)による高線量照射を治療期間の延長なく実施できる点である。実際,IMN転移に対し63.6〜70.4 Gyを投与した群は,低線量群より5年DFSが良好であったとの報告がある6)。筆者らは2018年より,IMNを含むRNIに「TrueBeam」や「Halcyon」(共にバリアン社製)を用いたSIB-VMATを導入し,CTで腫大を認める部位に対して56.25〜60 Gy/25回を投与している(図1 a)。初期33例の解析では,平均心臓線量3.7 Gy,肺V20:12.7%,V5:38.4%を達成し,Grade 2以上の肺臓炎は認められず,IMNを含む高リスクRNIをVMATで安全に実施しうることが示唆された7)
なお,放射線治療におけるリスク臓器への線量制約に関しては,最新のレビューが参考となる8)

高精度照射の特殊応用

VMATは,複雑な解剖学的条件や臨床状況においても有用である。例えば,両側IMNを含むRNIは,3D-CRTでは照射野の重複や肺線量の制約が課題であったが,VMATでは胸壁に沿うようビームを配置することで治療が可能となる(図1 b)。
また,漏斗胸など胸郭変形症例では,胸壁形状の不均一性により従来法では線量均一性の確保が困難であり,電子線ブーストも実施困難な場合がある。VMATを用いることで,乳房全体に均一な線量を与えつつ,腫瘍床にもブースト線量を効果的に加えることが可能となる(図1 c)。創傷治癒遅延や既往照射歴がある場合にも,VMATは線量を調整しながらRNIを安全に行う手段となる。
さらに,手術不能局所進行乳がんによる皮膚潰瘍や出血に対する緩和的放射線治療においては,SIB-VMATにより腫瘍中心部への高線量照射が可能であり,症状緩和やQOLの改善が期待される。筆者の施設では,両側乳がんの広範な腫瘍に対し,皮膚浸潤部に45 Gy,粗大腫瘍に52.5 GyのSIB-VMATで同時照射し,肺線量を良好に抑制しながら出血・滲出液の大幅な軽減と腫瘍縮小を得た(図1 d)。

図1 VMATを用いたプランの一例 a:SIB-VMAT(IMNへのブースト) b:両側IMNを含む乳房全切除後放射線治療(PMRT) c:漏斗胸の患者,腫瘍床ブースト d:両側に広がる局所進行乳がんへの照射

図1 VMATを用いたプランの一例
a:SIB-VMAT(IMNへのブースト)
b:両側IMNを含む乳房全切除後放射線治療(PMRT)
c:漏斗胸の患者,腫瘍床ブースト
d:両側に広がる局所進行乳がんへの照射

 

今後の課題と展望

VMATを用いた乳がん照射は多くの利点を有するが,いくつかの課題も残されている。特に,両肺への低線量域の増加による有害事象リスクには慎重な評価が必要である。さらに,3D-CRTでは不十分であった鎖骨下動脈周囲への線量がVMATで増加することにより,リンパ浮腫発生の可能性があり,投与線量の妥当性とフォローアップが重要である。加えて,緩和的照射においては,症状緩和効果と有害事象とのバランスを踏まえた線量調整が求められる。

●参考文献
1)Darby, S., et al., Lancet, 378 : 1707-1716, 2011.
2)McGale, P., et al., Lancet, 383 : 2127-2135, 2014.
3)Thorsen, L. B., et al., J. Clin. Oncol., 34 : 314-320, 2016.
4)Kim, Y. B., et al., JAMA Oncol., 8 : 96-105, 2022.
5)日本乳癌学会 編:乳癌診療ガイドライン ①治療編 2022年版. 金原出版, 東京, 2022.
6)Yang, K., et al., Radiat. Oncol., 15 : 16, 2020.
7)Yano, T., et al., Anticancer Res., 44(9): 4011-4018, 2024.
8)De Rose, F., et al., Radiother. Oncol., 202 : 110591, 2025.

 

当院における乳がんに対するVMATの導入経験
日戸諒一

近年,乳がん治療におけるvolumetric-modulated arc therapy(VMAT)は,治療計画において線量分布を改善する効果が確立されており,限定的ながら臨床研究でも急性期の安全性に関する良好な報告が蓄積されつつある1)。こうした背景を踏まえ,当院では2022年より,乳がん治療に「Halcyon」(バリアン社製)を用いたVMATを導入し,急性期の安全性について良好な結果を得ている。本稿では,当院におけるVMATを活用した乳がん放射線治療の特徴と,導入初期の経験について報告する。

SIBによる腫瘍床ブースト

1.処方の概要
腫瘍床へのブースト照射が必要な症例では,VMATを用いたsimultaneous integrated boost(SIB)を採用し,全乳房照射と腫瘍床への照射を16分割で同時に行っている。全乳房には2.66Gy/回を照射し,腫瘍床には1回あたり0.53Gyの線量増加を行っている。

2.治療計画手法
特に左側乳がん症例では,心臓・肺線量の低減が重要となる。そのため,2arc構成で以下の設定を標準としている。
・ガントリ回転角:arc1 179°→270°,arc2 270°→179°
このpartial arcs の活用により,VMATの利点を生かしながら,心臓・肺への不要な線量を効果的に抑制できる2)。さらに,体表近傍の線量分布のロバスト性を確保するため,virtual bolusを用いたスキンフラッシュを実施している3),4)図1に,SIB-VMATプランの線量分布図とdose volume histogram(DVH)を示す。

図1 左側乳がんに対する SIB-VMAT プランの線量分布図とDVH partial arcsにより心臓・肺への線量を抑制しつつ,全乳房と腫瘍床への良好な線量分布が得られている。

図1 左側乳がんに対する SIB-VMAT プランの線量分布図とDVH
partial arcsにより心臓・肺への線量を抑制しつつ,全乳房と腫瘍床への良好な線量分布が得られている。

 

3.急性期安全性
治療開始から約3年と期間は短いものの,急性期有害事象は良好で,皮膚炎もGrade 2程度にとどまっている。

鎖骨上・腋窩リンパ節領域を含む照射

1.処方の概要
胸壁から鎖骨上・腋窩リンパ節領域までの照射が必要な場合には,42.56 Gy/16分割の寡分割照射を採用している。

2.治療計画手法
治療計画手法は,SIBによる腫瘍床ブーストと同様である。ただし,アイソセンタの数はArc Geometry Toolの推奨に基づいて決定している。VMATを用いることで,胸壁と鎖骨上領域の接合部に線量の不均一が生じることなく,均一な線量分布で治療を行うことが可能となる(図2)。

図2 鎖骨上・腋窩リンパ節領域へのVMATを用いた線量分布図 胸壁と鎖骨上領域の接合部に対しても均一な線量分布が確認できる。

図2 鎖骨上・腋窩リンパ節領域へのVMATを用いた線量分布図
胸壁と鎖骨上領域の接合部に対しても均一な線量分布が確認できる。

 

3.急性期安全性
領域リンパ節を含むVMAT照射においても,急性期の有害事象は良好であり,これまでに観察された皮膚炎はGrade 2程度にとどまっている。

まとめ

本稿では,当院における乳がん治療でのVMATの活用について述べた。今後も長期フォローアップを通じて局所制御率や晩期有害事象の評価を継続し,症例の蓄積とともに長期的な治療成績の検討を進めていく予定である。

●参考文献
1)Cozzi, L., et al., Radiat. Oncol., 12(1) : 220, 2017.
2)Fogliata, A., et al., Br. J. Radiol., 90(1070) : 20160701, 2017.
3)Lizondo, M., et al., Phys. Med., 63 : 56-62, 2019.
4)Hubley, E., et al., J. Appl. Clin. Med. Phys., 26(5) : e70036, 2025.

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